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			<title>The pickle of flying arrow</title>
			<description>since2010.8.5</description>
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			<copyright>Copyright (C) 2005-2008 SAMURAI-FACTORY ALL RIGHTS RESERVED.</copyright>

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			<title>きっかけ</title>
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			<![CDATA[さて、私がこうして哲学だとか芸術だとか、こういう人間に興味の目を向けたのはいつからだったかな。とふと思ったのでちょっと書いて見ようと思う。IMERUATのBlack　Ocean 聞いてたら急に文章を書きたくなってしまって、私にとっての創作意欲って文章なのかな。<br />
<br />
　はっきり覚えている私のはじめての哲学的問いは小学三年生の時、英会話を習い始めてすぐのことだった。＜It is a dog.>この文に私は吐き気を覚えた。いや、それは誇張かもしれないが、ただ本当に気持ちが悪くなって軽い頭痛のようなものを感じたのは確かだ。彼（私）は田舎の生まれではないが、幼い頃からかなり強く生き物に興味を持っていたらしい。生き物、とは昆虫、鳥、両生類、魚……にとどまらず植物、キノコ類も含め、そして彼はいつの頃からかこの並びの中に人間を同列に意識していたようだ。<br />
　そしてIt is a dog.と出会った。She is a girl.なのになぜ犬はIt？　全く理解できず先生にそれを質問し、困らせた。私はこの時「何故人間は自分ばっかり特別視するのか？」「生き物ならみんな同等だろう」という想いを初めて明晰に抱いたのだ。以後、私はむしろ人間を嫌いになったように思われる。ちょうど地球温暖化に関しての報道も過熱し、また核エネルギーの恐ろしさを自由研究でまとめたその年に9.11テロが起きた。そういう人間の愚かな面を印象付ける出来事が私を囲い、そうさせたのだろう。同様の理由で私は宗教も嫌った。身勝手で、ありもしない神を信じ、人間を特別高等なものとして扱う。高校一年のある瞬間まで、私は人間も動物も物も等しくみることができると感じていた理数系の分野に非常に魅かれていた。<br />
　“ある瞬間”は突然訪れた。小学生からの友人で、私と同じく部活動に所属していなかったのでいつも一緒に帰っていたAが、ある日突然「明日昼飯を一緒に食べよう」とメールをしてきた。私は友人がいないわけではないが、あまり一緒に遊ぶことはなかったので、昼飯をどこか外で一緒に食べるということが初めてで、いささか興奮した。約束の時間にその場所へ行くと、Aはすでに先に付いていて、また私の知らない人間が隣に座っているのが分かった。年上という印象を受けた。私は自称人見知り――自称というのは他人からは人見知りと言われないため――で、また3人の集まりがとても苦手だったので、正直少し残念に思い、そして幾らか緊張した。奥まったところにある小さい机を私が壁側、Aともう一人は非壁側という構図で座った。<br />
　最初はなんてことのない話しをしていたが、私は相手が何か別の狙いがあるのだろうと、すぐに感じ始めていた。理由は定かではない。ただ相手の特にAが連れて来たやつが不自然だった。よくある会話の途切れ、ハハハという愛想笑い、沈黙。Aは突然、しかしそこしかないというタイミングで口を開いた。<br />
　「ブッポー、って知ってる？」<br />
　「いや」<br />
　聞きなれない言葉だったが、私はすぐにそれが宗教だと直感した。Aは小学生のころから、修学旅行などで突然消えることがあって、その時は決まって寺やら何やらの施設を訪れる時であった。そのことが突然、頭の中に湧きあがってハッとしたのだ。Aは何か言いながら本を出して私に見せた。やはり宗教だった（一応検索に引っ掛からないよう伏せるが日蓮宗系のブッポーである）。<br />
　私は「しめた」と思った。そういう思想上の議論は滅多にできるものでなかったし、その頃の私は何かを信仰している人間なんて弱いやつだと思っていたから、あわよくば打ち負かしてやろうと思ったのだ。とにかく興味津津だったので私はいろいろなことを質問した。納得いかないことがあれば、とりあえず理論を理解できるまで、突き詰めた。次第に彼らが冗談ではなく本気でその仏に帰依しており、どうやら私に勝ち目がないことを悟った。そもそも彼は努力家だという印象が私にはあった。話の詳細はもうあまり覚えていない。ただAが「自分が高校に合格したのもブッポーのおかげ」と宣言したことは、未だにその表情、声の調子まで思い出せる。人間はこんなに強く何かを信じることができるのか。こういう関心が全面に出てくると、もう話はどうでもよくなってきて、それまでの自分の人間嫌悪を思いなおし、純粋に人間に興味を持とうと考えた。<br />
　多分この瞬間がなければ私は哲学科には入っていなかった。そういう意味でブッポーは私を間接的に救ったのかもしれない――それが救いなのかは、まだ分からないし、また私はこのブッポー自体を信仰することはなかった。私はこのことをきっかけにかなり露骨に宗教学の本を読んだりするようになり、当然親に勧誘を受けたことを話していたので、母親に何か宗教にはまってしまったのではないかと心配された。母親は親戚に自分の推測を言いふらしたので、同じような心配を少ない親戚にもされた。逆に父はいたって冷静だった。もともと大学で歴史を専攻していたからかもしれない。もっともこの心配も私が大学に入る頃にはすっかりなくなっていたようだ。私は“変わった子”だったから。<br />
　変わった子は、4時間に及ぶ宗教勧誘を終えても元気で、とりあえずその宗教の本をもらうことにした。それが、そろそろ退屈してきていたこの状況を終わらせるのに手っ取り早いと思ったからだ――そして案の定話はとりあえずおしまいになった。Aの仲間とはそこで別れた――以来二度と会っていない。私はAをそのまま家に呼び、いつも通りゲームをして彼と別れた。次の日からもいつも通り一緒に下校した。宗教の話はあえてはしなかったが必然性があればするつもりではあった。結局そのあと、一度だけAの家に行った時再び勧誘を受けたが、私は相変わらずで、それ以来もうAの方から宗教の話をすることはなくなった。後で他の友人に聞けばAから勧誘を受けた人は数多くいたようだった。<br />
　「お前、よく普通に付き合っていられるな」<br />
　信仰の自由は法律で認められているし、信仰は私にとっては有り得ないことだが、彼にとってはそれが必然なのだから、彼に冷たくする必要はないと思っていた。<br />
　今や私は携帯電話を一度紛失したせいで、彼と交信する手段をなくしてしまった。気まずいだろうから同窓会にも来ないだろうし、もう会うこともないかもしれない。ただ私と直接会った人間で、いまのところ一番大きい影響を私に与えた人間は彼なのだ。私はAに感謝しすらしている。<br />
　こうした私の体験は奇異に映るかもしれない。でもそれはあなたの見え方でしかない。物事は複雑だから、あなたも実はあなたが思ってもみない何かから、強い影響を受けているかもしれない。またあなたは自分でも気がつかない間に誰かに強い影響を与えているかもしれない。ひょっとしたら私も……。<br />
<br />
なんとなく小説っぽく書いてみました。ようするにIt is a dog.とAからの宗教勧誘、この二つが私が哲学科に入る大きなきっかけだと思われます。あとは高2の時の倫理の授業も影響としては大きいのですが、あくまでダメ押しできっかけではなかったと思う。<br />
毎度毎度長い文章を読んでくれてありがとう。]]>
			</description>
			<link>http://iroiro.kakuren-bo.com/Entry/22/</link>
			<pubDate>Thu, 26 Apr 2012 17:45:50 GMT</pubDate>
		</item>
		<item>
			<title>総決算</title>
			<description>
			<![CDATA[今年ももうすぐ終わりですから最後くらいまとめ的な日記を付ける。<br />
<br />
　今年は何よりも3.11があったことが大きいわけで、本当に言葉通りあの日、あるいはあの災害を思わない日、聞かない日はなかったんじゃないかと思うくらいだった。もちろん年の節目が3.11という出来事に対して何らかの区切りをつけるわけではないんだけれども、それでもやはり2011年という年が終わるということは例年とは違った雰囲気があると感じる。<br />
　思えば日本においては未曾有の災害が起こり、そして原発事故があった一方で、アラブの春と呼ばれる中東を揺るがす事態が起こり、安定だと思われていたユーロ圏が崩壊の危機に立たされ、あのアメリカで利権を独占する資本家への反発デモが起こった。原子力エネルギー、EU、資本主義……現代の社会基盤を構成するうちの多くのものが突然（それは予定された必然でもあったが）、危ういものへと変わっていった。<br />
　明らかに、日本にとっても世界にとっても2011年という年はそこで歴史の線引きがあっても何にもおかしくない年だったように思う。<br />
　しかしながら日本にあるこの得も言われぬ倦怠、諦念、無力……俗な言い方をすればこの年はまさに“ピンチはチャンス”という言葉を意識すべきであったのに、本当に驚くくらいに何も変化がない。いや正確には変わっているんだけど上っ面で表面的、一部の人間が本気で動いてもどこか冷やかな態度で迎えられる。もちろん時代は唐突に以前あったものが消滅し新しいものがぽっと出るものではないが、それにしてもひどいように思う。しかもそんな中でTPPや武器輸出法の見直し（そしてこれからくる消費税）などの大切な問題はよく議論もされないままに、震災という大きな問題の裏でいわばまかり通ってしまった。<br />
　そして個人のレベルはどうだろうか？　とりあえず、私の近辺を見ると明確に（震災、人災を含めた）3.11を意識しって講義を取り行った教授は3人。そして何らかの形でこれに関わった教授は数人。会話の中で積極的にこの問題について話す友人、教授も数人しかいない。別に表だって話題にしなければならないというわけではないし、重要なのはまず個人のレベルで心の中だけでもこれについて考えていくことだ。ただ私が所属する思考を主題とする哲学科においてこのレベルというのは結構私の中では落ち込んだ。むしろ哲学科だから浮世離れしてこういう問題に関わりたがらない、とも言えるかもしれないが…。<br />
　ただ、最初の方で言ったように2011年が2012年に変わったところで被災した人々の現状は変わらないし、またそこで区切りをつけることに必然性はない。報道の量に比べると驚くべき速度でその本質が風化するこの3.11について自分は常に注目していきたい。<br />
<br />
　次に私個人の話。もちろん3.11が私に与えた影響も非常に大きいが、もう上で散々話したのであえて中心には添えずに述べる。<br />
　今年の私にとっての重要人物は岡本太郎、ライプニッツ、レヴィ=ストロース、ロジャー・ペンローズ、フーコーあたりだろうか。岡本太郎は今年生誕100周年だったこともあり、関連書籍や展覧会が多く開かれ単に触れる機会が多かったと言うにすぎない。彼の＜明日の神話＞が今年という年にとってどういう意味を持つのかは大変興味深いが…。<br />
　他の4人はいずれも基礎演習の授業で自分が深く突っ込んで勉強した人たちだ。学問体系上では特にこの4人がひとくくりにされるようなことはないが、私の中では非常に密接に結びついている。キーワードは自由、歴史、唯物論、相対性、決定論……というあたりだけど、ここで詳しく書いても仕方ないからここまでにしておく。<br />
　・個人レベルと集団レベルでの思考や決断、行動、習慣にかなりの差異があるということ、そしてこれが分子生物学や力学、経済学上にも見られる特徴であるという興味深い事実<br />
　・私たちの選択が常に自由であるとは限らないし、むしろ物理学的にはそれは決定的で、かつ社会レベルで見てもかなりの次元でそれが制約されているという可能性<br />
　・脳と物理学との関係<br />
　・いわゆる“意味のないこと”と呼ばれる人間の行為の“意味”<br />
　・正気と狂気を分けるものの基準と歴史性<br />
この辺のテーマが今年よく考えたことだ。去年は芸術のテーマが多かったけど今年は哲学的なものが多いかもしれない。<br />
　そしてtwitterでもいろんな事柄について熱く（人に寄ってはうざったかったかもしれないけど）語った。かなり大きいことを放言していたような気がするけれど、それはある意味自分に葉っぱかけてるわけで、自分の中で決めたことを淡々とこなす不言実行の人と違い、私は大口叩いて自分の後に枷作らなくてはまともに行動できない有言実行の人だという告白にすぎないのです。まずは一つ一つ行動に移さなければなるまい。まして3年にもなればシューカツとかいうイベントが待ち構えているのだから。<br />
<br />
　来年の目標は「ものごとに優先順位をつけて、集中してそれに取り組み、最後までやりとげること」（とある本の引用）<br />
　具体的にはTOEICとフランス語検定。それから自分なりに芸術としてのゲームについて文章をまとめる。<br />
<br />
ではでは長い文にお付き合いありがとうございます。<br />
よいお年を。]]>
			</description>
			<link>http://iroiro.kakuren-bo.com/Entry/21/</link>
			<pubDate>Fri, 30 Dec 2011 01:42:39 GMT</pubDate>
		</item>
		<item>
			<title>変わろう</title>
			<description>
			<![CDATA[どうしたら本気になれるだろう。夏休みの前はいろいろやりたいと思ってたこと、結局ほとんどどれも達成してない。できたのは旅行と美術館巡りと相対性理論の勉強だけ。<br />
<br />
結局ぬるま湯に浸かってるんだよね、多分。これでも自分はかなり自分にムチ打ってる方で、楽な授業を取ろうなんて思わないし、友達が取ってるから一緒にこの講義とろうとも思わないし、ノートを写させてと頼んだこともほぼない。<br />
もともと楽な場所にいると人間腐ってくって信条だから、いつも背水の陣でいたいと思ってるけどそれでもどこか甘えてる。<br />
<br />
今まで苦手だし嫌いだからしてこなかったけど、計画表というかそれ的な者でも作ってやってみようか。いろんなハウツー本があるからきっと「How to やる気出す」もあるだろうけど、そういうのは例え時間がかかっても自分で探すべきだ。<br />
テストとか受験とか、差し迫ったものがきて初めてやる気を出して乗り切るか、あるいはたまたまレポートが好きなことでそれにひたすら没頭してたけど、これからは――本当は大学入ったその時から――能動的に動かなきゃいけないんだよね。頭では分かってたけど…いや知ってたけど分かってなかった。<br />
<br />
しっかりしよう。<br />
とりあえずやりたいのにやってないこと<br />
・英語TOEIC<br />
・フランス語検定<br />
・プログラミング<br />
・理系科目（物理、生物、数学）<br />
・ゲームとりわけRPG（プレステ3買おうと思ってる）<br />
・哲学書原書を読む（実はヘーゲル一冊も読んでない）<br />
・アフリカ史の勉強<br />
・19～20世紀イギリスが舞台の映画とか本とか沢山触れる<br />
<br />
明らかに時間を無駄にしてる時<br />
・ニコニコ動画<br />
・昼寝（悪いことじゃないけど寝すぎな時がある）<br />
・バイト（シフト入りすぎ）<br />
・テレビ（見る番組決めた方がいい）<br />
・ゲーム（無駄にスマブラでCPと対戦したり）]]>
			</description>
			<link>http://iroiro.kakuren-bo.com/Entry/20/</link>
			<pubDate>Sun, 02 Oct 2011 08:50:55 GMT</pubDate>
		</item>
		<item>
			<title>あれから半年</title>
			<description>
			<![CDATA[早いものでもうあの震災からもう半年経ちました。<br />
<br />
　私は3.11の経験で「日本は大きく変わるだろう」「パラダイムシフトの時が来た」と思いつつも、実際にはそんなに短期間で変わらないか…と冷静になりつつ、しかしやはり何かしら変化するはずだ、と心のどこかで期待してたような気がします。ところがまぁ残念なことに半年経っての現状は私の控えめな期待にすら遥かに及ばないくらい“変わってない”っつうのが正直なところです。もちろん被災地には劇的な変化があったし、それは現在進行形なのですが、非被災地とでもいいましょうか、つまり東北の地域以外の日本にはあまり変化が見られない、と。<br />
　もちろん3.11の直後はものが思うように買えず、大規模な節電が行われ、CMはACばっかりだったりと非被災地にも何かしらの影響はありました。しかし夏に入ったくらいから渋谷の大スクリーンは昼間から大音量でCMを流し、電車のダイヤは元に戻り始め、ニュースはあまり被災地のことを本質的な意味で報じなくなり、政治家はいつも通り派閥争いを始めました。良くも悪くも日常を取り戻しつつあるということです。本来あるべきであったあらゆる議論、そすて何より被災者を置き去りにして。<br />
　まずは報道です。震災当時フジテレビが親を亡くした子供に密着しそれを特番にした時、ひどいバッシングがありました。私はTwitterでこのやり方を、死という現実を死者の数だけで報じるよりも遥かに私たちに迫ってくるし残酷なことを報道することも時にはメディアの役割だ、ということを呟いたと思います。これに反応してくださった方がいて「確かにそうだがタイミングを間違えてる」と意見をもらい、ああそうかもしれないな、とその時は少し落ち着いて考えたのですが、結局今の報道はどうでしょうか？　流れてくる被災地のニュースは「今日は○○（芸能人）さんが被災地に赴きこんなことをして、子供たちは大喜びでした」「被災した○○さんにはこんないいことがありました」みたいな美談ばかり、本質的な被災地の現状を伝えているのかはなはだ疑問です。私自身がそこへは行っていないから大きなことは言えないですが、実際にそこへ行った親の話だと本当に復興という言葉を軽々しく口に出来る状態ではなかったとのことでした。何も暗いニュースだけを流せというわけではないですが、日本人が知るべきは現実だと思うわけです。<br />
　報道だけでなくこれに関しては政治屋（バカにして使う言葉）もそうですが、原子力発電関係のニュースでもやはり肝心なところから目を背けたものになってるなぁと感じます。3.11の経験はそもそも脱原発か続行かという単純な選択を迫るものでははないです。もちろんそれも含むのですがあくまで“含む”であり、問題はもっと大きなところにあり、具体的に言葉で表せば「経済至上主義は正しかったのか」ってところまで遡る問題でした。<br />
　脱原発を口にすると必ず、経済はどうなるのか？　その地の原発関連の莫大な雇用はどうするのか？　っていう反論がでてきます。問題なのはそこではなく、結局日本は経済発展の名の下に地方の人々の頬を札束でひっぱたき感覚を麻痺させ核のリスクを押し付けたという事実が意味するところを考え直すべきなのに…（これとよく似た構造が米軍基地問題にあります）。端的に言えば命を金に預けるようなことが普通に行われたってことです。だから3.11を経て私たちは経済さえよくなればいいのかな？　ってことを考えなきゃならんという話。実際とっつきにくい複雑な問題でなかなか議論しにくいことではあるのですが、この震災でやっと真剣に考えるチャンスがめぐって来たはずだったのです。<br />
　しかし半年経った今もこういう根源的な問題に言及する政治家もコメンテーターもあまりいません。閣僚のくだらない失言を延々と野党が煽りたてメディアをその様子を報道するという日常があり、与党は与党で未だに派閥争いを繰り広げている日常がある。<br />
　こういうことが私が3.11以降の日本にあまり変化がないという所以です。なんの因縁なのか9.11も今年で10年目という節を迎えるのですが、やはりアメリカも9.11を経験して本来あるべきであった議論をしないできました。押し付けまがいの民主主義の正義や、武力による（彼らの言うところの）悪の制圧…。アメリカは10年経ってビンラディンを殺しましたが、それは虚しい成果です。日本は10年後どうなっているでしょうか？　というか10年後は自分らの世代が日本を率いる時なんですよね…。だから私は狭い見識ながらこんな文章を書かなきゃならんと義務感に煽られているのです。<br />
　暗い話ばかりだったので最後に私が3.11以降の良いと思った変化を書き連ねようと思います。<br />
・島耕作が3.11の経験で経済至上主義に改めて疑問を投げかけたこと<br />
・日テレがいつもなら不謹慎とか言って放送できないような映画「地球が静止する日」を震災から二カ月くらいで流したこと<br />
・日本の現代芸術家の作品を集めたZIPANG展が震災をきっかけに開かれたこと<br />
・東京国立近代美術館で東北にちなんだ展示があったこと<br />
・マスコミと政治家はともかく、twitterとか友達レベルでは今までなかったような議論がみんなの間に生まれたこと<br />
　・<br />
　・<br />
　・<br />
まだまだありそうですがこの辺にしときます。<br />
<br />
長い文章読んでくれた方に感謝します。<br />
ではでは。]]>
			</description>
			<link>http://iroiro.kakuren-bo.com/Entry/19/</link>
			<pubDate>Sun, 11 Sep 2011 06:13:47 GMT</pubDate>
		</item>
		<item>
			<title>旅行</title>
			<description>
			<![CDATA[今朝帰ってまいりました。京都伊勢名古屋の旅、楽しくてよかった。去年と同じくなんとなく報告。<br />
<br />
一日目<br />
夜行バスで朝5時40分に京都到着。ホテルまで歩いたら片道30分もあってクタクタ。東本願寺によって涼む。<br />
新幹線組と合流後、銀閣・金閣・竜安寺・仁和寺をめぐる。<br />
銀閣・金閣は二回目だし見て終わる感じだったけど、竜安寺と仁和寺は縁側でかなりまったりとしていい時間を過ごせたと思う。仁和寺では五重塔を前にスケッチもした。木造建築や木の多い場所は本当に涼しくてよい。都会は暑すぎる。<br />
ホテルの部屋は私を含め飲兵衛二人だったので赤ワインと日本酒二本を開けるの巻。<br />
<br />
二日目<br />
この日は京都をちょろっと回った後は伊勢への移動がメイン。<br />
京都では清水寺を見た後で私たっての希望で錦市場へGo<br />
漬物、ハモ料理、アナゴ焼き、アワビなどいろいろ美味しいものを頂く。京都駅でキャンティの赤が安売りしてたので購入。<br />
二時間電車にゆられ五十鈴ナントカ駅に到着。バスが来るまでイーオンで買い物、ロゼを一本購入。てか多分この辺の駅を某氏は使ってるのかな？　ひょっとすると。<br />
そのあと宿で男だけで飲み会。なんのかんの一番楽しかったような気がする。2本のワイン、3本の日本酒、焼酎、ビール缶3本、チューハイ系18本が消費されたのは凄いと思う。先輩に食道楽と言われる。<br />
<br />
三日目<br />
伊勢神宮の下宮内宮をガイドさんに案内してもらう。蜂が多くて恐かった。それはともかく20年ごとの遷宮があるとはいえここまで朽ちるまで建築を放っておくのか、と思った。ガイドさんは遷宮をよみがえりに結び付けてたけど、それじゃあどうも仏教ぽいしやっぱり技術伝承が根本にあるんじゃないかと考えた。<br />
内宮の近くにある商店街（？）でいろいろお買いもの。日本酒はあまり飲まないけど白鷹を試飲したら意外にいけたので購入。そのた土産物屋でいろいろ購入。松坂牛もちゃんと食べたよ。<br />
そして名古屋へ…。最後の夜なので女子を含めた飲み会。席はくじ引き、向かい合った女子とそれなりにお話し弾んだのでアドレスを貰う。同じタイミングでアドレス訊いた男子がいたけど断られててかわいそうだった。というか酔っ払いにからまれる度にこっちに目を向けて助けを求めないでくれ。<br />
２次会で先輩に「結局男は顔なんだよ。だからあいつはアドレス教えてもらえた」とか言われる。悲しいかな一回ケータイ失くしたので私のアドレス帳に女性の名前は家族除けば３人しかいません。それにイケメンではない。<br />
<br />
四日目<br />
名古屋を自由に見学。名古屋城行った後に徳川美術館に行った。名古屋城ないでは屏風の古いものと復元図が展示してあったけど私はやはり古いのが好きだった。「日本の絵画は年をとる」なんてことを考えた。伊勢神宮しかり竜安寺しかり。<br />
昼飯食べに栄へ。SKE48が栄であることを知る。博多ラーメンで限定十食の鶏の塩ラーメンを美味しく頂いた。そのあとポケモンセンターにちょっと寄る。BWはプレイしていないから知らないポケモンが多かったかな。あとなんでズルッグ（？）は人気なのか分からない。サトシの手持ちなのか？<br />
徳川美術館では琳派の画集があって欲しかったけど揃えて１３万越えだったので余裕で諦める。帰りの時間まで厳しくあまり長居できなかったのが残念。<br />
１５時に新幹線で帰る人を見送り、自分を含め３人で２３時の夜行バスまで暇つぶし。なんのかんの高島屋の東京ハンズと本屋で４時間近く使い、サイゼで２時間、あとは待合室で２時間しゃべくり。んでバス乗って帰って今に至る。<br />
<br />
<br />
なんか飲んで食ってばっかりのような気がする…。でも楽しかったからいいかな。来年はひょっとすると留学して参加できないかもしれないのが残念。<br />
<br />
疲れてるからこの辺で、ではでは。]]>
			</description>
			<link>http://iroiro.kakuren-bo.com/Entry/18/</link>
			<pubDate>Fri, 02 Sep 2011 01:45:38 GMT</pubDate>
		</item>
		<item>
			<title>知の地層略して知層‐別名本棚</title>
			<description>
			<![CDATA[地震が起きた後ACで本の積み重なりを「知層」って言ってたじゃないですか。あれ、僕の方が先に考えてたんですよ！<br />
っていうのは冗談だけど、テスト勉強がしんどいから現実逃避に久々に更新。話題は「知層」…というか本棚の話。<br />
<br />
私の部屋には本棚が4つあります。<br />
　一つは勉強机に備え付けられてる小さい本棚。高校のころはここに教科書と進研ゼミの教材がうずたかく積まれてたけど、今はそれらは段ボールの中で眠ってる。これらの冬眠本は時々引っぱりだして使うと、元に戻すのがめんどくさくなるのであとで説明する四つ目の本棚もとい本置き場へと連行されます。で、この小さい本棚は大体左から　図録‐美学芸術‐宗教思想‐哲学‐文庫（ジャンルはごちゃ混ぜ）‐新書　と並んでいて、さらにこの上に最近読んだ小説とハードカバーの本、そして未読の本が積み上げられている。勉強机の本棚にあるからといってよく読む本か？　と言われればそうでもなく、単純に大学入学時に持っていた、学科に関連しそうな古株な本があるだけ。上に積み重なる本たちは私の読書歴を表わしていて、大体今年に入ってから読み始めたものが多い。試しに文庫の山を見てみると、下から　ロリータ‐1984年‐沈黙の春‐変身‐この人を見よ‐寿司屋のかみさんの美味しい話‐生命とは何か……とかなりジャンルはぐちゃぐちゃ、共通するのは昔の本が多いことくらいかな。私は基本的にハードカバーの評論や哲学、美学書、新書を除けば新刊の本はほとんど読みません。とくに小説は家族が買って面白いと言われれば読む程度で、ほとんど興味がない。<br />
<br />
　二つは勉強机の左側にあるキャスター付きの4段組みの金属製本棚。これは本が溢れ出した高校2年くらいの時に親が見かねて買ってくれたものですが、金属の網目が粗くちょっと使いづらいし、キャスター付いてるのに重すぎてあまり動きません。<br />
　一番上の段には辞書（英和、仏和、英英、国語、漢和）、そして比較的近代以降の日本小説（というかほぼ全部夏目漱石で、あとは一時期はまった推理小説がちらほら）。二段目には理数系の本（主に生物学と数学）、STARWARSのブリッジノベル、社会人向けの本（ほとんど父のお古）、洋書。三段目は漫画とエンタメぽいやつ。漫画と言っても日露戦争物語が中途半端に揃えてあるのと、リモート、不思議な少年、それから手塚治虫がちらほら。一番下は漫画の残りと攻略本。この本棚は買ったのが新しいから新しい本が多いですが、辞書を除けば趣味で読んでるものが多いです。高3の時点ですでに満杯だったので、大学に入ってから読み始めた本はあまり入ってないというのが現実。<br />
<br />
　三つは勉強机に座った時背中を向ける壁にある一番本格的な木の本棚。これはこの部屋が私のものになる前からある本棚で、妹と部屋が別れる時に真っ二つにされた内の片割れです。ちょうど「田」の字のように四分割になっていて、本棚の上にも本が積まれてる。左上は近代の日本小説、右上は主に三国志・ローマ史の歴史モノ＆90色色鉛筆、左下は教科書となんか余ったやつら、右下は雑誌と図鑑やアルバムなど。上の二つはほぼ全て読書家の父が読んでいたものです。父の実家にも死ぬほど本があるので、多分、社会人になってから読んだものが多いと思う。チーズは何処へ行った？　とか　ジョージ君の～シリーズ　とか有名なものも多い。下段は私の本が多い。興味のある時だけ買ってる芸術新潮やらPenやらはほとんどここにあって、それからSTARWARSの図録集もココ。<br />
　そして本棚の上に私が小学生から中学生にかけて読んだ数少ない本の中で特に印象的だったやつが並んでる。HONDAの創始者本田宗一郎、手塚治虫、野口英世、坂本龍馬……伝記ものとても多い。ロビンソークルーソーと十五少年漂流記、エルマーとりゅう、ドン・キホーテ、あたりは数え切れないほど読んだ覚えがある。どれも冒険ものだし、これがRPG好きになる前触れだったのかもしれない。それからDVDもここにあります。DVDはSFと社会派コメディが多いかな。恋愛ものやヒューマン、アニメーションはあまり買いません。ただ今はクラシックディズニーとノルシュティンが激しく欲しい。<br />
<br />
　四つは今説明した本棚の左側にある簡易な本棚（本棚というより本置き場）。もう入りきらないし、積む場所にも困る本が溜められている場所なので、ジャンルも形状もバッラバラです。図録と神話関連が多くて、最近買ってまだ見てないDVDが6個ほどあります。<br />
<br />
　そして数えられることのない封印されし本棚…もとい床に投げ出された本がいくつか。これらは出し入れの激しい教科書だったり、あるいは今書いてる論文のテーマに関係するものが散らばっているのものです。ゲームのソフトもかなり散らばっている…。<br />
<br />
<br />
何故いきなり本棚の話を始めたのかと言えば。まぁ勉強がしんどくなって、気晴らしに机に積み上げられた本を数えだしたからです。本棚について話して見ると、やっぱり本の層は知層だなって思う。自分が興味を持ってきたことがはっきりと分かって面白いと思う。<br />
<br />
この記事読んだ人で、ブログに書くネタがねー！　って人は自分の本棚のことでも書いて見ては？　というか私があなたの本棚に興味あるだけですが。<br />
<br />
ではでは。]]>
			</description>
			<link>http://iroiro.kakuren-bo.com/Entry/17/</link>
			<pubDate>Tue, 26 Jul 2011 15:19:12 GMT</pubDate>
		</item>
		<item>
			<title>馬鹿とはさみとケータイと</title>
			<description>
			<![CDATA[明日新しく携帯電話を買う予定。Iphoneはとてもじゃないけど買えないからお金溜まるまではウィルコムにすることにした。<br />
<br />
　失くしてからなんのかんの一か月以上もケータイなしの生活をしてきたわけだけど、案外不便はしなかった。時間も今までケータイで見てきたし、失くしてから腕時計も買わなかったけど、それでも大して不便はない。弊害は遊ぶ約束がうまく取れないのと、ケータイ失くしてからアドレス聞かれるケースが多かったことくらい。あ、あとは音楽が古いアイポッドだと全部入らないことかな。<br />
　むしろ私はケータイのない生活を楽しんでいたと思う。時計を見れないから自分のペースで生活できたし、バイブに驚かされることもなかったし、約束で上手く友達と会えないのを面白がってたし、アイポッドに入れる分の曲を考えるのは楽しかったし、何より解放感があった。ケツポケットが解放されてるとかそういう物理的な意味も含むんだけど、誰かからか連絡くるかも…ってことを全く心配しないで生きてられるのは案外楽だ。もちろんその分他人には迷惑かけていたかもしれないけれど…。実際失くしてから一カ月近い間、合う友達にかなりの確率でケータイ買った？　とか　早く買いなよ！　って言われた。あとはやたらと心配された。私がケータイ失くしてもひょうひょうとしてるので私の代わりに、失くした時どうすればいいのかわざわざ調べてくれた人もいるほどだ。<br />
　そんな私のデジタルデバイドな＆快適なライフは明日で終わる。もっとも新しいケータイは無駄を省きに省いたウィルコム様なのでたぶんアイフォン持ってた頃よりは解放感があるだろう。<br />
　私はスマフォにしようとしてる友達全員に「やめた方がいいよ頭使わなくなるから」と言ってきた。だって誰もが使う必要もない時にケータイをいじりまわしてるから、まるで何かに強制されてるみたいに（実はケータイに触ると脳の回路に作用して依存するように仕組まれてる。嘘。）不運にもケータイを失くしてしまったけど幸運にもスマフォとはおさらばできたわけだ――やせ我慢ではないよ！　ここまで言っておいて金が溜まり次第アイフォン買う予定なのは、何故かと言えば就活に必須らしいから。世の中はスマフォを求めているらしい、また私は流れに逆らうわけだ。<br />
　実際あんな小さいものに人間が振り回されてるのは変な気がすると思わない？<br />
<br />
＊もちろん馬鹿とはさみは使いよう。賢く使えばスマフォだって良いツール。]]>
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			<link>http://iroiro.kakuren-bo.com/Entry/16/</link>
			<pubDate>Thu, 23 Jun 2011 12:36:36 GMT</pubDate>
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		<item>
			<title>猿、モンキー、エイプ……</title>
			<description>
			<![CDATA[去年レポートで書いたやつに手直ししてみた。<br />
直接的でないにしろフクシマのことにもつながるところあるんじゃないかと思う。<br />
放射線に恐怖するのはもとっもなことだけれど、もっと恐怖すべき対象が身近にいるんじゃないかな。<br />
<br />
『キング・コング』～究極の猿モチーフ～<br />
１.“猿”というモチーフ<br />
　ダーウィンの『種の起源』が発表され「人間は猿から進化した」という衝撃の仮説――人間は神が自分に似せて作ったのだから――が世に広まった。そしてまた『種の起源』において主張された自然淘汰説は社会にも応用され、高等な人間である西洋列強国は下等な人間（＝人間の進化前のイメージ＝猿。具体的にはアフリカ、アジア）を啓蒙するのが正義という社会ダーウィニズムの下で帝国主義は当然のこととして進められた。しかし、下等であり啓蒙されるべき野蛮な人間が反旗を翻し西洋列強に立ち向かい反乱をおこし始めると西洋人たちは焦り始める。このまま自分たちが下等な人間共に侵略されるのではないか、という不安に駆られたのだ。この恐怖・不安から帝国主義ゴシックという一種の文学ジャンルは生まれ、これらの作品においては猿のモチーフが下等・野蛮・退化のイメージをもって数多く登場した。猿によって人間がおかされるという恐怖を描いたのだ。ただしそれの多くは帝国主義に対する反省ではない、と同時に私は考える。ただ単に異質な猿への恐怖を描いたに過ぎない。<br />
<br />
2.典型的な“猿”のモチーフ　～『猿の惑星』（1968）における猿～<br />
　小説をもとにした映画『猿の惑星』で登場する猿は言語を理解し、知性も発達していて、その上身体能力に優れ、人間を支配している。下等であるはずの猿は進化し、人間は支配されるという構図はまさに帝国主義ゴシックの典型といっていいだろう。<br />
　猿文明よりも発達した文明にいた人間である主人公の視点で物語は進行するが、ここで気をつけたいのはこの視点こそが我々視聴者の視点に近いということである。要するに主人公とは現代人であり、我々の代表である。猿たちの顔は人間にしてみれば醜く、彼らの見せるいかにも動物的な興奮状態も我々人間からすると印象が悪い。それゆえ言葉も話せないこの世界の人間の方に味方したくなる。つまり猿と人間の立場は確かに逆転されているかもしれないが、あくまで人間は理性的で美しく、猿は野蛮で醜いのだ。（後に作られた続編においては人間自身の愚かさが描かれていないことはないが）<br />
　物理的な力、目に見える権力といった表層においてこそ猿＞人間が成り立つが、それに反して精神性といった内面的な話になると実は人間＞猿という自負が見てとれる。そしてより視聴者・読者が同情し共感するのは当然内面で猿に上回る人間ということになる。この特徴は他の多くの猿が登場する帝国主義ゴシックに共通する。<br />
　この考え方で見ればこれらの物語は、植民地活動という行動をした西洋人が野蛮であったというような“反省”は全くなく、あくまで野蛮な非西洋人（＝猿）に逆転されるという屈辱、恐怖を描いたにすぎないと感じるのだ。これが帝国主義ゴシックは帝国主義に対する反省では全くないという主張の所以である。<br />
　しかし私は『キング・コング』は例外であったと考える。<br />
<br />
3.『キング・コング』<br />
　『キング・コング』に登場する猿のモチーフはいうまでもなく、巨大なゴリラのような姿をしたコングのことである。三度にわたりリメイクされたがここでは1933年の初代と2005年の三代目を中心に述べる。1976年版は中点の入らない『キングコング』であり、またDVDも見つからず、記憶があいまいなので軽く触れる程度にする。<br />
(１)	物語前半　～開始からコング捜索まで～<br />
この時点でのコングは他の物語に登場する猿と違わず下等で野蛮な描写がみられる。初代においては醜い顔つき、粗野で乱暴な仕草、人食い、美女をさらい服を剥ぐなど数々の蛮行を見せる。05年版では顔つきは実際にいるゴリラに近く醜いというイメージは薄まり、また表情豊かで、美女も恐怖とは違う正の感情をコングに抱く。しかし強調すべきは、いずれのコングも人間を圧倒する力をもって敵対していることだ。<br />
これらの描写から見てとれるものとして、その圧倒的な腕力においての猿＞人間の関係、理性的か野蛮かという点では人間＞猿の関係が見てとれるだろう。つまりは典型的な表層での猿の優越、内面での人間の優越が見てとれる。ここまでのコングは『猿の惑星』の猿と対して変わらない。<br />
(２)	物語の転換　～コングの補獲～<br />
　人間たちは美女を救い出すことに成功するが、ここでコングの捕獲という行動に出る。そして補獲に成功するシーンで猿＞人間という物理的な力関係は逆転される。そして重要なのは精神面での人間＞猿という関係に疑問符がついてくるということだ。コングを捕獲した時の「みんな億万長者になれるぞ。ブロードウェイに出す。“コング　世界第８の不思議”だ！」というセリフに誰もが人間のエゴを少なからず感じるだろう。<br />
　初代が公開された当時、世界恐慌であったことからも金銭にたいする人間の野望の虚しさを感じずにはいられない。そして05年版当時は環境破壊が問題視されており、自然に対する人間の身勝手さをも表していると言えるだろう。コング＝猿は初代においては経済効果を狙える被侵略地域を、05年版では自然そのものあるいはその神秘を、象徴しているのだ。<br />
(３)	物語後半　～見世物小屋のシーンからコングの死まで～<br />
　画面は暗転しコングを見世物にしたことによってぼろ儲けする人間の姿がうつされる。そして縛り付けられたコングが現れ、美女をさらい、逃げまどう人々を踏みつぶしながらの脱走、美女を片手にエンパイア・ステート・ビルへと登る……頂上で複葉機に一方的に攻撃され、死亡、落下。初代と05年版に共通する流れである。<br />
　この場面で物理的な力が完全に人間＞猿であることが強調され、そして視聴者の同情がコングの方へと移動する――初代ではコングが美女以外の人間に対してあまりに残酷なので情が湧くのは本当にラストシーンに限られるかもしれない――。76年版、05年版に関しては美女が完全にゴリラに対して同情あるいは好意を抱き、庇うというシーンがあるので、視聴者のコングへの同情はさらに後押しされるだろう。コングを身勝手にニューヨークに連れてきて、そして殺すという横暴さが人間の理性に疑問を投げかけ、美女のコングに対する感傷や、コングが美女に見せる哀愁の表情がコングの野蛮に疑問を投げかける。この二つの要因によって精神面における猿＞人間が達成される!<br />
　ここに帝国主義への、そして05年版においては自然環境にたいする帝国主義への“反省”が見られるのだ。猿という下等なものの侵略というイメージではなく、人間そのものの失墜、堕落、野蛮を強調することが『キング・コング』における最大の価値であると私は考える。猿が力をつけて人間に逆転するのではなく、人間が己も気付くことなく堕落し猿に逆転されるということだ。<br />
(４)	最後のシーン　～美女が野獣を殺したんだ(beauty killed the beast)～<br />
　ビルの上で死に、落下したコングを見て放たれるセリフ。もちろんセリフの直前に「飛行機ではなく」が入ることは容易に想像できるだろう。<br />
　飛行機が殺したのだったらそれは物理的な力における人間の優位を示すに過ぎない。かといって美女が殺したというのが精神面での人間の優位を表すわけでも当然ない。下等で野蛮だと思われていたコングが女の美しさという人間的な感覚に魅了され彼女を愛し、ついにはそれのために命まで落としたという、紛れもないコングのもつ高い精神性を称賛するものだ。この物語のテーマはこのセリフに集約されていると言っていいだろう。<br />
<br />
4.恐怖映画としての『キング・コング』の性格まとめ<br />
　典型的でないにせよ『キング・コング』は帝国主義ゴシックに他ならない。しかもそれは、高等な人間と下等な猿の表層的な立場逆転というのではなく、精神面における人間の野蛮化、猿の高等化という本質的な逆転であり、ある意味では帝国主義ゴシックを最も衝撃的な形で提供したものだと私は考える。つまりは究極的な形の猿モチーフだったのだ。<br />
　そしてゴシック小説（映画）が常にその時代の世相を反映してきたように、初代の『キング・コング』は帝国主義、世界恐慌の影響を受けており、05年版においては同じようなストーリーながらも環境破壊という問題を私たちに“反省”させる。『キング・コング』は単なる映像効果に優れたパニック映画では決してない。<br />
<br />
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終わり。<br />
長文読んでくれてありがとー。<br />
上記以外の猿モチーフだと、タイムマシンに出てくる名前忘れたけどあの猿っぽい方とか、ジキルとハイドのハイドも捉え方によってはそうだと思う。]]>
			</description>
			<link>http://iroiro.kakuren-bo.com/Entry/15/</link>
			<pubDate>Wed, 01 Jun 2011 15:08:31 GMT</pubDate>
		</item>
		<item>
			<title>総決算</title>
			<description>
			<![CDATA[酒に強いことはよく羨ましがられるけど、実際みんなが酔っているところで一人シラフだと辛いよ？　テンションについていけないんだ。<br />
そんな状況でたぶん今年最後になるであろうブログを書こうと思う。<br />
レポート、飲み会、アルバイト…なんやかんや年明けまでは忙しいのが続くからせめて今日今年をまとめようじゃないかと。<br />
<br />
今年はとりあえず大学に入ったことが一番大きいことだよね。<br />
実は第一志望じゃない。いやかといって今いる学校が滑り止めかと言われれば違うんだけど。<br />
でも良かったと思う。結局今一緒にバカやったり、美学語ったりしてる友人たちは他のところでは出会えなかったわけだから。第一志望に落ちて良かったとはいわないけど、今の学校に来れて良かった。人の出会いは一期一会でそこに差異はあるけど優劣はないと思う。ある人は成績が悪い横柄な態度をとるやつをDQNとか呼んでバカにするけど、やはり彼らにしかない人づきあいがある。それはある人には分からない付き合いだろう。<br />
成績優秀者への奨学金目指して頑張ったけど学年1位はどうも無理そう。子供手当とかいいから奨学金制度をもっと頑張って！政府！<br />
<br />
あとは岡本太郎との出会いが大きかった。<br />
“出会い”と言っても名前は知ってたし、小さいころから土地柄彼の芸術に触れる機会は多かったけど。<br />
ただ彼の本を何冊か呼んで、彼の芸術観が自分の抱いていた曖昧模糊な芸術観を圧倒的な大きさで包含してたことに驚いたし、嬉しかった。もちろんそれは違うと思うところも多々あるが、今まで見てきた人の中では一番好きだと思う。<br />
<br />
<br />
あとは印象深かった本とゲームを載せていく。<br />
いちおう私のおススメだから興味を持ってもらえたらとても嬉しいです。<br />
<br />
ソクラテスの弁明・クリトン<br />
たぶんある一定の年齢に達している人ならタイトルを知らない人はまずいないと思う。知ってるだけじゃしょうがないから読むと良いと思うよ。<br />
<br />
1984年<br />
1Q84とは関係あるのかないのか、あれは読んでませんが…。とにかく面白かった、そして読んでて恐くなる。特に私みたいに電脳化の進む現代に違和感のある人なら変な汗かけると思う。<br />
<br />
美の呪力<br />
岡本太郎の本。何か創作する人なら必読だと思う。彼の思想を取り入れろ、といのではなく読んでおいて損はないぞって感じです。<br />
<br />
ユダヤ・キリスト・イスラム集中講座<br />
実はこれはずいぶん前に読んだものなんだけど最近読み直したので…。おそらく宗教観は変わると思う。特に日本人は海外の宗教事情にあまりにも疎いのでおススメ。<br />
<br />
日本人と中国人<br />
題名通りの両者の比較文化学。少し古い本であてにならないところもややあるんですが、知ってるようで知らないお隣さんの理解に役立つと思う。これもとりわけ日本人は彼らを誤解（そして彼らも私たちを誤解）しているので良いと思った。<br />
<br />
オイディプス王<br />
ギリシャ悲劇の代表作の一つ。近年の悲劇なんかばかばかしくなってくるくらい精緻で美しい悲劇。聞いたことある人も多いと思います。うすい本なので是非。<br />
<br />
大神<br />
私がやったのはWii。ちょっと簡単すぎたけど泣けるし良かった。安心して人に勧められる。MOTHER2以来の子供にやらせたいゲームかな。<br />
<br />
FF外伝光の4戦士<br />
巷の評価は結構厳しいようですが、私的には好きだった。ストーリーもややちんけだけどコンセプトが昔ながらの王道RPGなので問題無いと思う。グラフィックもDSで出す必然性を感じるもので、戦闘システムも面白かったです。<br />
<br />
サガフロンティア2<br />
こちらはまだ途中。やはり巷では賛否両論ゲーなんですがあれはあれでありだと思う。音楽とストーリー、グラフィックの調和がよくとれていて雰囲気が好き。戦闘システムは若干分かりにくいけどテンポがいいからストレスはそんなにたまらない。ただ少し難しい。すでに一回詰んでます。<br />
<br />
<br />
後半ただのレビューでしたけど私にとっては知の地層を丹念に遡っていた感じでこのブログの趣旨には合致してるので無問題としておく。<br />
少し早いけど良いお年を！<br />
ではでは]]>
			</description>
			<link>http://iroiro.kakuren-bo.com/Entry/14/</link>
			<pubDate>Fri, 24 Dec 2010 15:44:52 GMT</pubDate>
		</item>
		<item>
			<title>カラオケという文化</title>
			<description>
			<![CDATA[今度サークルでボーリング大会やるそうです。<br />
おそらく主催者の趣味的にボーリング→カラオケなのは明らか…。<br />
ただでさえボーリング苦手なのに、その上カラオケとか考えられん。<br />
<br />
私がカラオケ嫌いなのは一に歌うのが苦手というのがあります。<br />
「歌うの苦手でも大丈夫だよ。みんな下手糞だよ！」<br />
「歌うのが下手とかｗｗ誰もお前の歌聞きに来てるんじゃねぇよ、自惚れんな」<br />
などなど優しい言葉からムカつく言葉までいろいろ言い聞かせてきて、最終的には「歌わないで場を盛り上げれてればいいよ」っていう風になる。<br />
行きたくもないところに連れて行かれ、食べたくもない糞まずい飯を食い、聞きたくもない歌を聞いて、お金を払い、場を盛り上げろ……だと！？<br />
どうしてそんな拷問を受けなくちゃいけないわけさ？　しかも大概歌わずにいると後半で「お前もなんか歌えよ。え？　歌わないのノリ悪っ！」とか言って罵倒されるんだ、歌わないでいいって言ったのはお前らだろ～。<br />
てなわけで、カラオケはいやなんですよ。そして罵倒されずにいたとしても何も歌わずに相槌を打ちながら淡々と聞いているのも気まずい、声には出さなくとも私に向けられる微妙に負の感情のこもる視線には気づいてしまう。普段は鈍感だけど嫌なことだらけでいつ歌を振られるのかビビってる状態だと感度が上がっちゃうんだよ。<br />
<br />
とはいえ今の時代カラオケはもはや社会的なコミュニケーションツールの一つ。学生、サラリマーン、OL……あらゆる人々はカラオケに行き歌い、交流を深める。そしてこの習慣は文化として海外へと飛び出しKaraokeとして世界で親しまれている…。<br />
しかしここで私は思うのですよ果たしてカラオケがそこまで優秀なコミュニケーションツールなのか、と。それによって実際に交流を深めることができるのか、と。人が数人あるいは十数人集まり、他人の世界とは断絶された閉ざされた狭い部屋で、盛り上がりながらしかし同時に黙々と、歌い歌を聴く。強調したいのは一人が歌うのをみんなで聞くということ。しかもみんなで聞くというよりかはむしろ自分の歌う番を待ってるという印象。マイク、早く俺のところに来るんだっ！って印象。せっかく人がたくさん集まってるのに一人だけが歌い（あるいは数人で歌い）他が聞いているという状況が私には奇妙に、SF的に感じられます。<br />
一人の代表者が前に出て歌う、何かするというのは儀式地味ていて古代からあった習慣のように思えますが、カラオケはむしろそういった互いの立場、垣根を超えるツールのように私は思いますので祭儀などにおける儀式の延長の文化にはならないでしょう。歌う人は代表者ではないですからね、対等な立場として順番に歌うだけですので（世の中には接待カラオケという言葉もあることはありますが）。まぁ、ここではカラオケの起源を探るわけではないですからこの話は終わらせましょう。<br />
私が言いたいのはどうしてそんなに人がたくさんあつまるのに、ひとりひとり順番で歌っているの？　ということ。うちの親族の人はあまりにカラオケには行きませんでした、集まる機会があれば大きい和室を一室借りてみんなでばか騒ぎしてたと思います。踊ったり、楽器できる人がいれば弾いてもらったりして…。具体的にいうと沖縄の人たちが「イーヤッサッサ」とかいいながらぴゅーぴゅー口笛を吹いているイメージです。こういう方がいいと思うんですよ、カラオケで陰気に一人で歌ってるのを眺め、盛り上がるより、みんなで歌い、踊ったほうが楽しいに違いない！　私自身一人で歌うのは嫌いですがみんなで歌うなら臆病な羞恥心も消え失せますからね。嗚呼、懐かしき自然教室で炎を囲みマイムマイムを歌い、踊った日…と思いだせます。みんなが集まって何かするのはやっぱり一種のお祭りだと思う、神を祀るわけじゃないけど、こうしてみんなが同じところにいれることの運命を祝ってるような気がするんですよね。繰り返しになりますが、そんな機会を祝う手段がカラオケだなんて…<br />
多分これを読んでもカラオケ好きな人は「いや、聞いてる方も楽しいしｗ　みんなで歌う時もあるしｗ」って感じかもしれません。しかしやはり私には違和感があるのですよ、せまい空間で一人の歌を大勢が聞き、それが交流を深めるという通説、文化に。<br />
<br />
とはいえ現代はみんなが集まり広い空間で大騒ぎするような場所は少なくなっているというのも事実。都会の建物は横よりも縦に大きくなっていき、一つの家に住む世帯数は確実に減り、家族で同じ屋根の下に住むのに二世帯住宅なんていう不気味なシステムある。メディアの叫ぶ近隣住民のコミュニケーション不足は珍しく的を得ていると言えるし、本来時間のある学生たちは早々から就活、またそのための資格取得に奔走する。みんなが集まりそれを祝うためには、もはや空間的にも時間的にも、そして悪いことには環境的にも厳しいかもしれません。そしてこれら厳しい条件の中で生まれたのがカラオケ、狭い空間でほどよい人数で時間料金制、ひとりひとりが個々に持つストレスを歌うことで発散する。社会的な結びつきは希薄ですから、学校の仲間、職場の仲間…そういう狭い人間関係のなかで集まるにはちょうどよかったのかもしれませんねカラオケは。そういう意味では一つの文化と言えるでしょう。文化は人間が自然、社会など自らを取り囲む環境の変化に応じて姿を変えていきますから。でもここで互いのストレスを、苦を、喜びを…共有する文化は失われているように思えます。ひとりひとりが順番に歌うという行為は、相手の気持ち、境遇を自分のことのように考え、感動するという心理を確実に拒絶しています。これはいいことなのか悪いことなのか。個人主義が謳歌されつつも疑問を持たれ、全体主義は戦争の反省から絶対的に批判される、こんな揺れ動く世相を反映しているともいえるかもしれませんねぇ、ひとりで歌うのか、みんなで歌うのか、という問題は。<br />
<br />
長い文章読んでくださってありがとうございます。<br />
ではではー。]]>
			</description>
			<link>http://iroiro.kakuren-bo.com/Entry/11/</link>
			<pubDate>Sun, 17 Oct 2010 04:17:34 GMT</pubDate>
		</item>

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