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    <title>The pickle of flying arrow</title>
    <description>since2010.8.5</description>
    <link>https://iroiro.kakuren-bo.com/</link>
    <language>ja</language>
    <copyright>Copyright (C) NINJATOOLS ALL RIGHTS RESERVED.</copyright>

    <item>
      <title>就活の話を聞いた話</title>
      <description>昨日の飲み会での話。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　まだ内定貰ってないけど、最終面接5コくらい残ってるとかいう人が同級生と下級生数人相手に、就活塾を1時間くらいやってた。ちなみに50人規模の飲み会の一区画。私は昼間に飲んだラクとかいう45度の酒のせいで軽く気持ち悪く、横になりながらその話を聞いてた。正直酔ってて話半分なんだけど、とにかく自分の短所をいかにうまく長所に切り替えられるかとか、興味のある企業の広げ方とか、面接での好印象とか、第一志望だと相手に思い込ませる方法とか……いろいろ。テクニックの話だった。&lt;br /&gt;
　私はどうして内定貰ってないっつう自分と同じ立場の学生の話を、皆が熱心に聞いてるのかずっと不思議だったけど、後から聞いたら彼にはとある会社で人事部長をやってる親戚がいるとかで、まぁそういうことらしい。つまり彼が話てたことは一人事の人の台詞とのこと。私は就活してなくて、当事者じゃないからよくわからないんだけど、就活ビジネスでは「どうすれば面接でESで好印象を与えられるか」的なのはよく見る。だからその親戚の人事とやらが言ってることも結構一般的な話なんだろうと思う。&lt;br /&gt;
　話もどって昨日の飲み会。私は酔って気持ち悪いながら、その話も気持ちが悪かった。要するにもはや就活生は「選ばれる側」でしかなくなってしまっていることが、だ。なんかもうビール片手に熱弁する彼も、それを聞く彼ら彼女らも、みんな何社も落ちて「受かったらもうそこでいい」って感じだった。もちろんこっちが会社を選ぶというトピックも話してたんだけど、聞いてる印象だとその話題は弱い話題だったように感じた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　同学年でだべってると話題は自ずと就活になるんだけど、いかに合格するかが全てに先行してしまっていて「就職したらこんなことがしたい！」っていうのはほぼない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　多分、これは相当オワッテル話なんだと思う。もはや会社は私を養ってくれる場所になってしまっている。もちろんそれもあるんだけど、でもでもホントは会社を通して社会になにかできれば…ってのが心底に無いとまずいんじゃないのか。実際入社してから、そういう目標が見つかると良いけど、ブラックがなんだ離職率何パーセントだ、という情報の多さからしてそういうケースはお世辞にも多いと言えそうにない。&lt;br /&gt;
　それに私はこういう現状の原因を就活生の意識の低さに帰するのもどうかと思う。昨日の飲み会で「社会人なりたくないんで大学きましたはっはー」みたいな人もいて、その場で親に謝れと言いたくなるのを堪えつつ、金儲けに呆け理念も哲学もない成長を続けさせてきた過去を虚しく見つめる。&lt;br /&gt;
　いや当時にはもちろん大変な理想を抱いていた人もいただろうし、今の学生がどいつもこいつもモラトリアム野郎だとは思わないし、私なんかペーペー学生だし、ただいろんなこと括弧に入れてその分差し引きで考えても、今の就活生のリアル（4月下旬、仲間内の飲み会における高学歴でもない学生の談話）を見て、非常にこの先まずいんじゃないかと、そう思ってしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いやーマジで、この閉塞感ただようこの若者の上でアベノミクスという言葉に踊る社会空気は、なかなかきつい。45度の酒もふっとぶね、客観できる立場じゃないだけに。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なんか暗い話だけど、これで。ではでは。</description> 
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    </item>
    <item>
      <title>パリ旅行記その2</title>
      <description>今回は私がパリを歩きまわって感じたことをずらずら書いていきます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
治安&lt;br /&gt;
私の泊ったガリエニはパリの端っこのさらに外側であまり治安が良いとは言えず、ヤバい雰囲気が漂ってた。ただ、パリの中心街にいっても物乞いがいたり、美術館内ですらスリ注意の看板があったり、少し油断してると黒人が水売りつけてきたり、イスラムスカーフ巻いたおばさんが署名を求めてシャーペンで突っついてきたり、相変わらず治安は悪い。地下鉄もなかなか目つきの悪い人がたくさん乗っててそれなりに恐い。いつだったか、日本の治安が良いとか神話だ、ってのを見かけたが案外真実でもあると思う。単に自分の国だからってのもあるけど、それでも電車で寝れるのは普通に考えればとても安全だな、と。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
パリの人&lt;br /&gt;
一番印象深いのは信号を全く守らないこと笑　どんな大通りでも車さえいなければ渡る、車も人がいなければ渡る。車もいないのに信号待ちする日本人はさぞかし不思議に見えただろうなぁ。ファッションはオシャレと言えばオシャレだが、どれも画一的。日本で言ういわゆるシックな人が多い。マダムって感じの女性は原色使った派手な服を着てて印象的。イスラーム信者の女性は素敵な柄の布で顔をまとっていて面白い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
気候&lt;br /&gt;
朝７時でようやく日が出て、落ちるのはなんと20時頃。暗くなるのが遅いおかげで、治安が悪くとも比較的長い時間外にいられる。朝夕はとても涼しく、長袖のシャツにパーカー着ててもちょっと寒い。昼間は日差しが暑いけど日本に比べればぬるい。私は最終日以外雨に降られることもなく、雨は少ないのかな？　という印象。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
街並み&lt;br /&gt;
中心街は普通思い描くような石造りの建物が並ぶ、ノスタルジックなもの。とにかく高さはなくともサイズがでかい。なので町に広がる道の網の目はとても荒い。道路は石畳だったり、コンクリだったりまちまち。道路全てに名前があるため、初めてでも地図さえあればまず迷わない。古い町並みは最初は新鮮だけど、以外とすぐ飽きる。シャンゼリゼ通りは一回部分だけ新宿みたいで面白かった。建物のサイズと供に、道もとにかくでかいので、人が多くても込み合ってる感はあまりしない。郊外に出るほど日本で見るような四角い近代的な建物が増える。中心街はカフェが異常にたくさんあり、人々は店の外の席でコーヒー飲んだり、酒飲んだりしてる。時間を問わず人がなんか飲んでる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
エロ&lt;br /&gt;
日本の街並みとパリとの最大の違いはエロ要素だと個人的に思う。パリだとモンマルトルなど歓楽街ですら、いかがわしい店の姿はほとんどみられない。置いてある雑誌にもそれらしい物は一切なく、広告もない。ランジェリーショップがやたら沢山ある以外、エロいものはほとんどない。ただで配ってる新聞にもそういった広告はなかった。センター街に“総合案内所”があり、電車の中吊りにグラビアが写ってる日本とは雲泥の差。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
トイレ&lt;br /&gt;
これは覚悟してたけど、空港でもルーヴルでも便器は日本でいう汚い飲み屋レベル。トイレ全体のデザインは日本よりかっこいい時もある。便座が温かいものも、ウォシュレットがあるものも私は遭遇しなかった。トイレットペーパーは何故かどこでもダブルなのは嬉しい。あと、私は入らなかったけど公衆便所が街中にちょくちょくあり、看板で「トイレまで50m」みたいに示してあることもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
観光客&lt;br /&gt;
そこらじゅうに地図を広げた観光客がいる。ざっと見て、パリ出身ではないフランス人の観光客が多い模様。他スペイン、アメリカ、中国、日本などなど。私は「コンニチワ」「オゲンキ？」「アリガト」など言われたので日本人だと認識されていたみたい。一度だけ「アニョハセヨ」と言われた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
スーパー&lt;br /&gt;
規模が半端なくでかい。500mlペットボトルなんてものはなく、最低でもリットル買い。ワインコーナーとチーズはやたら充実してる。フランス人は自由なのか、箱の空いた商品や、飲みかけの飲料などが商品棚にちらほら。ヨーグルトはひっくり返り、卵は割れてたり、店内に鳩がいたり、日本ではあり得ない光景が広がる。都心のスーパーですらつぶれたブドウが売ってたり、結構自由。店員は大体無愛想。たまにニコニコしてる人もいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
お金&lt;br /&gt;
だいたいどこでもクレジットが使えるので便利。ただしカード会社選ばないと観光客は困る（私はカードがJBCだったので使えるところがほとんどなくとても不便でした）。ユーロは同じ2ユーロ硬貨でも柄が違ったりする（国によって違うのか）。チップは一応払っていましたが、あんないい加減な接客態度でチップ要求するなんて傲慢だな、と思う。日本ならとっくに首切られてるレベルの人もちらほら。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
自然&lt;br /&gt;
建物がありえないくらいぎゅうぎゅうに建ってるので思いのほか自然は少ない、並木がある大通りは沢山あるけど。ただしたまーに広場や公園（Place)があってそこは気があって落ち着く。セーヌ川沿いもまぁまぁ緑がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
美術館&lt;br /&gt;
ルーヴル、国立近代はなんと写真撮影OK。もっとも写真不可の場所でカシャカシャシャッター音鳴らしてる観光客が大量にいますが…。あと、絵の隣でそれを模写してる人がいるのは、日本ではなかなか見られないかな、と思う。ミロのヴィーナスやモナ・リザなどの周りは流石に日本で見られるような混み具合だけど、基本的には落ち着いて見れる。印象的だったのは、モナ・リザの目の前までカメラを向けながら近づき写真を撮って戻る人の多さ。つまり彼らは肉眼ではモナ・リザをみていないわけです。解説は国立近代以外基本的にはフランス語しかなく辛い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
カップル&lt;br /&gt;
街中どこでも、日本なんて目じゃないくらいのカップル率の高さ。男二人で歩いてる私たちが浮くぐらいカップルしかない。一人で行動してる人などいないレベル。日本人は群れるというけど、彼らは二人組じゃないと死ぬの？ってくらい二人でいたがるみたい。あと目のやり場に困るくらい平気でいちゃつくので、近くにいると気まずい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
食事&lt;br /&gt;
スーパーで売ってる既製品は基本的に美味しくない。お菓子も大体不味い。レストランはどこも値段は一緒なんだけど、質はピンキリ。大体昼飯食うと13～20€くらい（日本円で1300～2000円）。こんな安くていいの？　って時もあるし、ぼったくりかふざけんな！　って時もある。ただ、値段に関わらず量は多い。高級料理店は行ってないですが、日本のあのチンマリした料理はなんなんだろうってくらい量が多い。あと料理頼むと絶対フランスパンが付いてくる。店員が「どうでしたか？」みたいなことを聞いてくる。酒飲みとしては朝、昼も当然のようにワインが出るのは素晴らしいと思った。食後にコーヒーを飲むか絶対聞かれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本&lt;br /&gt;
フランスで見かける日本のものはやはりオタク文化が最も多い。テレビでドラゴンボール見たし、ポケモンカードのCMも見た。スーパーにはMANGAコーナーがあり子供が座り込んで読んでたりする。ゲームの広告もいろんなところで見かけた。また9月15日16日になにかアニメのイベントがあるらしく、それの告知広告はメトロに貼りまくってあった。SUSHIもよく目にするワードでレストランのみならずスーパーにも寿司コーナー（売ってるのは生魚の切り身）があった。ファッションに目を向けても日本人デザイナーのてがけるブランドはデパートに大体入ってる。本屋には浮世絵の凄まじいページ数の本が平積みしてあった。漢字の刺青やTシャツ着てる人も少なからず見かけた。一番驚いたのは新聞にSUDOKUが載ってたことかな。ニュース番組では日本はほとんど見ませんでした…。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ざっとこんな感じでしょうか。質問あれば答えますし、私も思いついたら随時書き足していきます。長い文章を読んでくださってありがとうございます。</description> 
      <link>https://iroiro.kakuren-bo.com/%E6%97%A5%E8%A8%98/%E3%83%91%E3%83%AA%E6%97%85%E8%A1%8C%E8%A8%98%E3%81%9D%E3%81%AE2</link> 
    </item>
    <item>
      <title>パリ旅行記</title>
      <description>9月5日から12日にかけてのパリ旅行の報告をば。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
哲学科の友人と二人で旅行。貧乏旅行なので、基本は歩いていろんなところに行きました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1日目&lt;br /&gt;
シャルルドゴール空港から、ホテルのあるガリエニへ、ワゴン車で送られる。落書きだらけ、沢山の物乞い…と治安の悪さにビビる。近くのスーパーで夕食買ってこの日は終了。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2日目&lt;br /&gt;
朝早くに出て、ヴァンドーム広場と、コンコルド広場のオベリスクを見る。10時にはルーヴル美術館へ向かう。この日は近代以降の絵画と工芸品を除く部門を見る。個人的にはソクラテス、プラトン、アリストテレスのギリシャ彫刻とパスカルの彫像が一番見てれ嬉しかった。15時（フランスは20時くらいでようやく夕方）くらいにシテ島まであるきノートル・ダム聖堂を見学。ガーゴイルに萌える。帰りにシテ島のカフェで軽い食事を取ってホテルへ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
3日目&lt;br /&gt;
再びルーヴルへ。工芸品コーナーで作品に近づきすぎアラームを鳴らし、焦るも係の人は優しくほほ笑む程度。教科書で見るような名画がシレっと展示されていてびっくりする。デカルトの肖像画が目に付かないようなところにあった。思いのほか時間を食い、ミュージアムショップで時間をつぶし、最後にデパートのプランタンによって帰る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
4日目&lt;br /&gt;
オルセー美術館へ。改装中が多くて残念。日本ではあまりの人の多さで見るのをあきらめたドガの＜踊り子＞の前に全く人だかりがなく衝撃を受ける。大好きなシニャックの作品がたくさん見れて上機嫌になり、ついでにシニャックの図録も購入。ここで食べた昼食が旅行を通して一番おいしかった気がする。その足で近くのオランジュリー美術館へ、モネの晩年の大作睡蓮をまじまじと見つめてたら涙が出た。それでも時間があるので思い切って凱旋門まで歩く。直線で繋がっているとは言え遠い。シャンゼリゼ通りで草間仕様のルイ・ヴィトンのショウウィンドウを発見。何故かベルギー料理屋で夕食を済ませて帰る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
5日目&lt;br /&gt;
ポンピデューセンターの国立近代博物館へ。朝早く行き過ぎ、時間があったので目の前のカフェで時間を潰す。この日以降頻繁にカフェに出入りするようになる。日本の企画展で見た作品を再見することが多かった。言い方悪いが現代美術のカオスっぷりを肌で感じながら、企画展へ。とにかくまえ三つの美術館に比べて作品解説が異常に多い。ある意味コンテンポラリーアートの特徴かもしれない。この日はコース料理を予約してあったので、なんとオペラ界隈まで歩き（途中で現代建築に寄りながら）、夕食を堪能。地鳥のフリカッセが美味しかった。友達の頼んだうさぎの煮込みも少し頂く。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
6日目&lt;br /&gt;
朝早く出てガリエニからモントルイユの蚤の市へ。治安がとても悪く、焦ったがロクヨン売ってたり、女性用下着が中古で売ってるなど面白かった。とくに何も買わず（タイプライターを買おうか迷ったけど、荷物になりすぎるので断念）。その後予定していたピカソ美術館がまさかの全面改装で空いておらず、パレ・ド・トーキョーと迷った挙句、モンマルトルへ。サン・クレール教会で再びガーゴイルに萌えた。カリエリ（だっけ？）広場には沢山の絵売りがいて、買おうかと思ったけど現金の持ち合わせがほとんどなく断念。ここで昼食を取る（バジルとトマトのペンネ）。帰りにピカソのアトリエやゴッホ兄弟のアパート、ムーラン・ルージュなんかを通りながら、またもやオペラまで歩き、お土産を買う。スーパーでワインと夕食を購入し帰る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
7日目&lt;br /&gt;
ロワシービュスというバスで空港へ。いろいろあると思って余裕を見て行ったのに、空港内は退屈で、危険なことに空港内で寝てしまった。免税店で土産を買い帰国。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
とまぁこんな感じです。&lt;br /&gt;
他に思ったことなどは、次の記事で。</description> 
      <link>https://iroiro.kakuren-bo.com/%E6%97%A5%E8%A8%98/%E3%83%91%E3%83%AA%E6%97%85%E8%A1%8C%E8%A8%98</link> 
    </item>
    <item>
      <title>きっかけ</title>
      <description>さて、私がこうして哲学だとか芸術だとか、こういう人間に興味の目を向けたのはいつからだったかな。とふと思ったのでちょっと書いて見ようと思う。IMERUATのBlack　Ocean 聞いてたら急に文章を書きたくなってしまって、私にとっての創作意欲って文章なのかな。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　はっきり覚えている私のはじめての哲学的問いは小学三年生の時、英会話を習い始めてすぐのことだった。＜It is a dog.&gt;この文に私は吐き気を覚えた。いや、それは誇張かもしれないが、ただ本当に気持ちが悪くなって軽い頭痛のようなものを感じたのは確かだ。彼（私）は田舎の生まれではないが、幼い頃からかなり強く生き物に興味を持っていたらしい。生き物、とは昆虫、鳥、両生類、魚……にとどまらず植物、キノコ類も含め、そして彼はいつの頃からかこの並びの中に人間を同列に意識していたようだ。&lt;br /&gt;
　そしてIt is a dog.と出会った。She is a girl.なのになぜ犬はIt？　全く理解できず先生にそれを質問し、困らせた。私はこの時「何故人間は自分ばっかり特別視するのか？」「生き物ならみんな同等だろう」という想いを初めて明晰に抱いたのだ。以後、私はむしろ人間を嫌いになったように思われる。ちょうど地球温暖化に関しての報道も過熱し、また核エネルギーの恐ろしさを自由研究でまとめたその年に9.11テロが起きた。そういう人間の愚かな面を印象付ける出来事が私を囲い、そうさせたのだろう。同様の理由で私は宗教も嫌った。身勝手で、ありもしない神を信じ、人間を特別高等なものとして扱う。高校一年のある瞬間まで、私は人間も動物も物も等しくみることができると感じていた理数系の分野に非常に魅かれていた。&lt;br /&gt;
　“ある瞬間”は突然訪れた。小学生からの友人で、私と同じく部活動に所属していなかったのでいつも一緒に帰っていたAが、ある日突然「明日昼飯を一緒に食べよう」とメールをしてきた。私は友人がいないわけではないが、あまり一緒に遊ぶことはなかったので、昼飯をどこか外で一緒に食べるということが初めてで、いささか興奮した。約束の時間にその場所へ行くと、Aはすでに先に付いていて、また私の知らない人間が隣に座っているのが分かった。年上という印象を受けた。私は自称人見知り――自称というのは他人からは人見知りと言われないため――で、また3人の集まりがとても苦手だったので、正直少し残念に思い、そして幾らか緊張した。奥まったところにある小さい机を私が壁側、Aともう一人は非壁側という構図で座った。&lt;br /&gt;
　最初はなんてことのない話しをしていたが、私は相手が何か別の狙いがあるのだろうと、すぐに感じ始めていた。理由は定かではない。ただ相手の特にAが連れて来たやつが不自然だった。よくある会話の途切れ、ハハハという愛想笑い、沈黙。Aは突然、しかしそこしかないというタイミングで口を開いた。&lt;br /&gt;
　「ブッポー、って知ってる？」&lt;br /&gt;
　「いや」&lt;br /&gt;
　聞きなれない言葉だったが、私はすぐにそれが宗教だと直感した。Aは小学生のころから、修学旅行などで突然消えることがあって、その時は決まって寺やら何やらの施設を訪れる時であった。そのことが突然、頭の中に湧きあがってハッとしたのだ。Aは何か言いながら本を出して私に見せた。やはり宗教だった（一応検索に引っ掛からないよう伏せるが日蓮宗系のブッポーである）。&lt;br /&gt;
　私は「しめた」と思った。そういう思想上の議論は滅多にできるものでなかったし、その頃の私は何かを信仰している人間なんて弱いやつだと思っていたから、あわよくば打ち負かしてやろうと思ったのだ。とにかく興味津津だったので私はいろいろなことを質問した。納得いかないことがあれば、とりあえず理論を理解できるまで、突き詰めた。次第に彼らが冗談ではなく本気でその仏に帰依しており、どうやら私に勝ち目がないことを悟った。そもそも彼は努力家だという印象が私にはあった。話の詳細はもうあまり覚えていない。ただAが「自分が高校に合格したのもブッポーのおかげ」と宣言したことは、未だにその表情、声の調子まで思い出せる。人間はこんなに強く何かを信じることができるのか。こういう関心が全面に出てくると、もう話はどうでもよくなってきて、それまでの自分の人間嫌悪を思いなおし、純粋に人間に興味を持とうと考えた。&lt;br /&gt;
　多分この瞬間がなければ私は哲学科には入っていなかった。そういう意味でブッポーは私を間接的に救ったのかもしれない――それが救いなのかは、まだ分からないし、また私はこのブッポー自体を信仰することはなかった。私はこのことをきっかけにかなり露骨に宗教学の本を読んだりするようになり、当然親に勧誘を受けたことを話していたので、母親に何か宗教にはまってしまったのではないかと心配された。母親は親戚に自分の推測を言いふらしたので、同じような心配を少ない親戚にもされた。逆に父はいたって冷静だった。もともと大学で歴史を専攻していたからかもしれない。もっともこの心配も私が大学に入る頃にはすっかりなくなっていたようだ。私は“変わった子”だったから。&lt;br /&gt;
　変わった子は、4時間に及ぶ宗教勧誘を終えても元気で、とりあえずその宗教の本をもらうことにした。それが、そろそろ退屈してきていたこの状況を終わらせるのに手っ取り早いと思ったからだ――そして案の定話はとりあえずおしまいになった。Aの仲間とはそこで別れた――以来二度と会っていない。私はAをそのまま家に呼び、いつも通りゲームをして彼と別れた。次の日からもいつも通り一緒に下校した。宗教の話はあえてはしなかったが必然性があればするつもりではあった。結局そのあと、一度だけAの家に行った時再び勧誘を受けたが、私は相変わらずで、それ以来もうAの方から宗教の話をすることはなくなった。後で他の友人に聞けばAから勧誘を受けた人は数多くいたようだった。&lt;br /&gt;
　「お前、よく普通に付き合っていられるな」&lt;br /&gt;
　信仰の自由は法律で認められているし、信仰は私にとっては有り得ないことだが、彼にとってはそれが必然なのだから、彼に冷たくする必要はないと思っていた。&lt;br /&gt;
　今や私は携帯電話を一度紛失したせいで、彼と交信する手段をなくしてしまった。気まずいだろうから同窓会にも来ないだろうし、もう会うこともないかもしれない。ただ私と直接会った人間で、いまのところ一番大きい影響を私に与えた人間は彼なのだ。私はAに感謝しすらしている。&lt;br /&gt;
　こうした私の体験は奇異に映るかもしれない。でもそれはあなたの見え方でしかない。物事は複雑だから、あなたも実はあなたが思ってもみない何かから、強い影響を受けているかもしれない。またあなたは自分でも気がつかない間に誰かに強い影響を与えているかもしれない。ひょっとしたら私も……。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なんとなく小説っぽく書いてみました。ようするにIt is a dog.とAからの宗教勧誘、この二つが私が哲学科に入る大きなきっかけだと思われます。あとは高2の時の倫理の授業も影響としては大きいのですが、あくまでダメ押しできっかけではなかったと思う。&lt;br /&gt;
毎度毎度長い文章を読んでくれてありがとう。</description> 
      <link>https://iroiro.kakuren-bo.com/%E8%80%83%E3%81%88%E3%81%9F%E3%81%93%E3%81%A8/%E3%81%8D%E3%81%A3%E3%81%8B%E3%81%91</link> 
    </item>
    <item>
      <title>総決算</title>
      <description>今年ももうすぐ終わりですから最後くらいまとめ的な日記を付ける。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　今年は何よりも3.11があったことが大きいわけで、本当に言葉通りあの日、あるいはあの災害を思わない日、聞かない日はなかったんじゃないかと思うくらいだった。もちろん年の節目が3.11という出来事に対して何らかの区切りをつけるわけではないんだけれども、それでもやはり2011年という年が終わるということは例年とは違った雰囲気があると感じる。&lt;br /&gt;
　思えば日本においては未曾有の災害が起こり、そして原発事故があった一方で、アラブの春と呼ばれる中東を揺るがす事態が起こり、安定だと思われていたユーロ圏が崩壊の危機に立たされ、あのアメリカで利権を独占する資本家への反発デモが起こった。原子力エネルギー、EU、資本主義……現代の社会基盤を構成するうちの多くのものが突然（それは予定された必然でもあったが）、危ういものへと変わっていった。&lt;br /&gt;
　明らかに、日本にとっても世界にとっても2011年という年はそこで歴史の線引きがあっても何にもおかしくない年だったように思う。&lt;br /&gt;
　しかしながら日本にあるこの得も言われぬ倦怠、諦念、無力……俗な言い方をすればこの年はまさに“ピンチはチャンス”という言葉を意識すべきであったのに、本当に驚くくらいに何も変化がない。いや正確には変わっているんだけど上っ面で表面的、一部の人間が本気で動いてもどこか冷やかな態度で迎えられる。もちろん時代は唐突に以前あったものが消滅し新しいものがぽっと出るものではないが、それにしてもひどいように思う。しかもそんな中でTPPや武器輸出法の見直し（そしてこれからくる消費税）などの大切な問題はよく議論もされないままに、震災という大きな問題の裏でいわばまかり通ってしまった。&lt;br /&gt;
　そして個人のレベルはどうだろうか？　とりあえず、私の近辺を見ると明確に（震災、人災を含めた）3.11を意識しって講義を取り行った教授は3人。そして何らかの形でこれに関わった教授は数人。会話の中で積極的にこの問題について話す友人、教授も数人しかいない。別に表だって話題にしなければならないというわけではないし、重要なのはまず個人のレベルで心の中だけでもこれについて考えていくことだ。ただ私が所属する思考を主題とする哲学科においてこのレベルというのは結構私の中では落ち込んだ。むしろ哲学科だから浮世離れしてこういう問題に関わりたがらない、とも言えるかもしれないが…。&lt;br /&gt;
　ただ、最初の方で言ったように2011年が2012年に変わったところで被災した人々の現状は変わらないし、またそこで区切りをつけることに必然性はない。報道の量に比べると驚くべき速度でその本質が風化するこの3.11について自分は常に注目していきたい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　次に私個人の話。もちろん3.11が私に与えた影響も非常に大きいが、もう上で散々話したのであえて中心には添えずに述べる。&lt;br /&gt;
　今年の私にとっての重要人物は岡本太郎、ライプニッツ、レヴィ=ストロース、ロジャー・ペンローズ、フーコーあたりだろうか。岡本太郎は今年生誕100周年だったこともあり、関連書籍や展覧会が多く開かれ単に触れる機会が多かったと言うにすぎない。彼の＜明日の神話＞が今年という年にとってどういう意味を持つのかは大変興味深いが…。&lt;br /&gt;
　他の4人はいずれも基礎演習の授業で自分が深く突っ込んで勉強した人たちだ。学問体系上では特にこの4人がひとくくりにされるようなことはないが、私の中では非常に密接に結びついている。キーワードは自由、歴史、唯物論、相対性、決定論……というあたりだけど、ここで詳しく書いても仕方ないからここまでにしておく。&lt;br /&gt;
　・個人レベルと集団レベルでの思考や決断、行動、習慣にかなりの差異があるということ、そしてこれが分子生物学や力学、経済学上にも見られる特徴であるという興味深い事実&lt;br /&gt;
　・私たちの選択が常に自由であるとは限らないし、むしろ物理学的にはそれは決定的で、かつ社会レベルで見てもかなりの次元でそれが制約されているという可能性&lt;br /&gt;
　・脳と物理学との関係&lt;br /&gt;
　・いわゆる“意味のないこと”と呼ばれる人間の行為の“意味”&lt;br /&gt;
　・正気と狂気を分けるものの基準と歴史性&lt;br /&gt;
この辺のテーマが今年よく考えたことだ。去年は芸術のテーマが多かったけど今年は哲学的なものが多いかもしれない。&lt;br /&gt;
　そしてtwitterでもいろんな事柄について熱く（人に寄ってはうざったかったかもしれないけど）語った。かなり大きいことを放言していたような気がするけれど、それはある意味自分に葉っぱかけてるわけで、自分の中で決めたことを淡々とこなす不言実行の人と違い、私は大口叩いて自分の後に枷作らなくてはまともに行動できない有言実行の人だという告白にすぎないのです。まずは一つ一つ行動に移さなければなるまい。まして3年にもなればシューカツとかいうイベントが待ち構えているのだから。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　来年の目標は「ものごとに優先順位をつけて、集中してそれに取り組み、最後までやりとげること」（とある本の引用）&lt;br /&gt;
　具体的にはTOEICとフランス語検定。それから自分なりに芸術としてのゲームについて文章をまとめる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ではでは長い文にお付き合いありがとうございます。&lt;br /&gt;
よいお年を。</description> 
      <link>https://iroiro.kakuren-bo.com/%E6%97%A5%E8%A8%98/%E7%B7%8F%E6%B1%BA%E7%AE%97_21</link> 
    </item>
    <item>
      <title>変わろう</title>
      <description>どうしたら本気になれるだろう。夏休みの前はいろいろやりたいと思ってたこと、結局ほとんどどれも達成してない。できたのは旅行と美術館巡りと相対性理論の勉強だけ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
結局ぬるま湯に浸かってるんだよね、多分。これでも自分はかなり自分にムチ打ってる方で、楽な授業を取ろうなんて思わないし、友達が取ってるから一緒にこの講義とろうとも思わないし、ノートを写させてと頼んだこともほぼない。&lt;br /&gt;
もともと楽な場所にいると人間腐ってくって信条だから、いつも背水の陣でいたいと思ってるけどそれでもどこか甘えてる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今まで苦手だし嫌いだからしてこなかったけど、計画表というかそれ的な者でも作ってやってみようか。いろんなハウツー本があるからきっと「How to やる気出す」もあるだろうけど、そういうのは例え時間がかかっても自分で探すべきだ。&lt;br /&gt;
テストとか受験とか、差し迫ったものがきて初めてやる気を出して乗り切るか、あるいはたまたまレポートが好きなことでそれにひたすら没頭してたけど、これからは――本当は大学入ったその時から――能動的に動かなきゃいけないんだよね。頭では分かってたけど…いや知ってたけど分かってなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しっかりしよう。&lt;br /&gt;
とりあえずやりたいのにやってないこと&lt;br /&gt;
・英語TOEIC&lt;br /&gt;
・フランス語検定&lt;br /&gt;
・プログラミング&lt;br /&gt;
・理系科目（物理、生物、数学）&lt;br /&gt;
・ゲームとりわけRPG（プレステ3買おうと思ってる）&lt;br /&gt;
・哲学書原書を読む（実はヘーゲル一冊も読んでない）&lt;br /&gt;
・アフリカ史の勉強&lt;br /&gt;
・19～20世紀イギリスが舞台の映画とか本とか沢山触れる&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
明らかに時間を無駄にしてる時&lt;br /&gt;
・ニコニコ動画&lt;br /&gt;
・昼寝（悪いことじゃないけど寝すぎな時がある）&lt;br /&gt;
・バイト（シフト入りすぎ）&lt;br /&gt;
・テレビ（見る番組決めた方がいい）&lt;br /&gt;
・ゲーム（無駄にスマブラでCPと対戦したり）</description> 
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    </item>
    <item>
      <title>あれから半年</title>
      <description>早いものでもうあの震災からもう半年経ちました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　私は3.11の経験で「日本は大きく変わるだろう」「パラダイムシフトの時が来た」と思いつつも、実際にはそんなに短期間で変わらないか…と冷静になりつつ、しかしやはり何かしら変化するはずだ、と心のどこかで期待してたような気がします。ところがまぁ残念なことに半年経っての現状は私の控えめな期待にすら遥かに及ばないくらい“変わってない”っつうのが正直なところです。もちろん被災地には劇的な変化があったし、それは現在進行形なのですが、非被災地とでもいいましょうか、つまり東北の地域以外の日本にはあまり変化が見られない、と。&lt;br /&gt;
　もちろん3.11の直後はものが思うように買えず、大規模な節電が行われ、CMはACばっかりだったりと非被災地にも何かしらの影響はありました。しかし夏に入ったくらいから渋谷の大スクリーンは昼間から大音量でCMを流し、電車のダイヤは元に戻り始め、ニュースはあまり被災地のことを本質的な意味で報じなくなり、政治家はいつも通り派閥争いを始めました。良くも悪くも日常を取り戻しつつあるということです。本来あるべきであったあらゆる議論、そすて何より被災者を置き去りにして。&lt;br /&gt;
　まずは報道です。震災当時フジテレビが親を亡くした子供に密着しそれを特番にした時、ひどいバッシングがありました。私はTwitterでこのやり方を、死という現実を死者の数だけで報じるよりも遥かに私たちに迫ってくるし残酷なことを報道することも時にはメディアの役割だ、ということを呟いたと思います。これに反応してくださった方がいて「確かにそうだがタイミングを間違えてる」と意見をもらい、ああそうかもしれないな、とその時は少し落ち着いて考えたのですが、結局今の報道はどうでしょうか？　流れてくる被災地のニュースは「今日は○○（芸能人）さんが被災地に赴きこんなことをして、子供たちは大喜びでした」「被災した○○さんにはこんないいことがありました」みたいな美談ばかり、本質的な被災地の現状を伝えているのかはなはだ疑問です。私自身がそこへは行っていないから大きなことは言えないですが、実際にそこへ行った親の話だと本当に復興という言葉を軽々しく口に出来る状態ではなかったとのことでした。何も暗いニュースだけを流せというわけではないですが、日本人が知るべきは現実だと思うわけです。&lt;br /&gt;
　報道だけでなくこれに関しては政治屋（バカにして使う言葉）もそうですが、原子力発電関係のニュースでもやはり肝心なところから目を背けたものになってるなぁと感じます。3.11の経験はそもそも脱原発か続行かという単純な選択を迫るものでははないです。もちろんそれも含むのですがあくまで“含む”であり、問題はもっと大きなところにあり、具体的に言葉で表せば「経済至上主義は正しかったのか」ってところまで遡る問題でした。&lt;br /&gt;
　脱原発を口にすると必ず、経済はどうなるのか？　その地の原発関連の莫大な雇用はどうするのか？　っていう反論がでてきます。問題なのはそこではなく、結局日本は経済発展の名の下に地方の人々の頬を札束でひっぱたき感覚を麻痺させ核のリスクを押し付けたという事実が意味するところを考え直すべきなのに…（これとよく似た構造が米軍基地問題にあります）。端的に言えば命を金に預けるようなことが普通に行われたってことです。だから3.11を経て私たちは経済さえよくなればいいのかな？　ってことを考えなきゃならんという話。実際とっつきにくい複雑な問題でなかなか議論しにくいことではあるのですが、この震災でやっと真剣に考えるチャンスがめぐって来たはずだったのです。&lt;br /&gt;
　しかし半年経った今もこういう根源的な問題に言及する政治家もコメンテーターもあまりいません。閣僚のくだらない失言を延々と野党が煽りたてメディアをその様子を報道するという日常があり、与党は与党で未だに派閥争いを繰り広げている日常がある。&lt;br /&gt;
　こういうことが私が3.11以降の日本にあまり変化がないという所以です。なんの因縁なのか9.11も今年で10年目という節を迎えるのですが、やはりアメリカも9.11を経験して本来あるべきであった議論をしないできました。押し付けまがいの民主主義の正義や、武力による（彼らの言うところの）悪の制圧…。アメリカは10年経ってビンラディンを殺しましたが、それは虚しい成果です。日本は10年後どうなっているでしょうか？　というか10年後は自分らの世代が日本を率いる時なんですよね…。だから私は狭い見識ながらこんな文章を書かなきゃならんと義務感に煽られているのです。&lt;br /&gt;
　暗い話ばかりだったので最後に私が3.11以降の良いと思った変化を書き連ねようと思います。&lt;br /&gt;
・島耕作が3.11の経験で経済至上主義に改めて疑問を投げかけたこと&lt;br /&gt;
・日テレがいつもなら不謹慎とか言って放送できないような映画「地球が静止する日」を震災から二カ月くらいで流したこと&lt;br /&gt;
・日本の現代芸術家の作品を集めたZIPANG展が震災をきっかけに開かれたこと&lt;br /&gt;
・東京国立近代美術館で東北にちなんだ展示があったこと&lt;br /&gt;
・マスコミと政治家はともかく、twitterとか友達レベルでは今までなかったような議論がみんなの間に生まれたこと&lt;br /&gt;
　・&lt;br /&gt;
　・&lt;br /&gt;
　・&lt;br /&gt;
まだまだありそうですがこの辺にしときます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
長い文章読んでくれた方に感謝します。&lt;br /&gt;
ではでは。</description> 
      <link>https://iroiro.kakuren-bo.com/%E8%80%83%E3%81%88%E3%81%9F%E3%81%93%E3%81%A8/%E3%81%82%E3%82%8C%E3%81%8B%E3%82%89%E5%8D%8A%E5%B9%B4</link> 
    </item>
    <item>
      <title>旅行</title>
      <description>今朝帰ってまいりました。京都伊勢名古屋の旅、楽しくてよかった。去年と同じくなんとなく報告。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一日目&lt;br /&gt;
夜行バスで朝5時40分に京都到着。ホテルまで歩いたら片道30分もあってクタクタ。東本願寺によって涼む。&lt;br /&gt;
新幹線組と合流後、銀閣・金閣・竜安寺・仁和寺をめぐる。&lt;br /&gt;
銀閣・金閣は二回目だし見て終わる感じだったけど、竜安寺と仁和寺は縁側でかなりまったりとしていい時間を過ごせたと思う。仁和寺では五重塔を前にスケッチもした。木造建築や木の多い場所は本当に涼しくてよい。都会は暑すぎる。&lt;br /&gt;
ホテルの部屋は私を含め飲兵衛二人だったので赤ワインと日本酒二本を開けるの巻。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
二日目&lt;br /&gt;
この日は京都をちょろっと回った後は伊勢への移動がメイン。&lt;br /&gt;
京都では清水寺を見た後で私たっての希望で錦市場へGo&lt;br /&gt;
漬物、ハモ料理、アナゴ焼き、アワビなどいろいろ美味しいものを頂く。京都駅でキャンティの赤が安売りしてたので購入。&lt;br /&gt;
二時間電車にゆられ五十鈴ナントカ駅に到着。バスが来るまでイーオンで買い物、ロゼを一本購入。てか多分この辺の駅を某氏は使ってるのかな？　ひょっとすると。&lt;br /&gt;
そのあと宿で男だけで飲み会。なんのかんの一番楽しかったような気がする。2本のワイン、3本の日本酒、焼酎、ビール缶3本、チューハイ系18本が消費されたのは凄いと思う。先輩に食道楽と言われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
三日目&lt;br /&gt;
伊勢神宮の下宮内宮をガイドさんに案内してもらう。蜂が多くて恐かった。それはともかく20年ごとの遷宮があるとはいえここまで朽ちるまで建築を放っておくのか、と思った。ガイドさんは遷宮をよみがえりに結び付けてたけど、それじゃあどうも仏教ぽいしやっぱり技術伝承が根本にあるんじゃないかと考えた。&lt;br /&gt;
内宮の近くにある商店街（？）でいろいろお買いもの。日本酒はあまり飲まないけど白鷹を試飲したら意外にいけたので購入。そのた土産物屋でいろいろ購入。松坂牛もちゃんと食べたよ。&lt;br /&gt;
そして名古屋へ…。最後の夜なので女子を含めた飲み会。席はくじ引き、向かい合った女子とそれなりにお話し弾んだのでアドレスを貰う。同じタイミングでアドレス訊いた男子がいたけど断られててかわいそうだった。というか酔っ払いにからまれる度にこっちに目を向けて助けを求めないでくれ。&lt;br /&gt;
２次会で先輩に「結局男は顔なんだよ。だからあいつはアドレス教えてもらえた」とか言われる。悲しいかな一回ケータイ失くしたので私のアドレス帳に女性の名前は家族除けば３人しかいません。それにイケメンではない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
四日目&lt;br /&gt;
名古屋を自由に見学。名古屋城行った後に徳川美術館に行った。名古屋城ないでは屏風の古いものと復元図が展示してあったけど私はやはり古いのが好きだった。「日本の絵画は年をとる」なんてことを考えた。伊勢神宮しかり竜安寺しかり。&lt;br /&gt;
昼飯食べに栄へ。SKE48が栄であることを知る。博多ラーメンで限定十食の鶏の塩ラーメンを美味しく頂いた。そのあとポケモンセンターにちょっと寄る。BWはプレイしていないから知らないポケモンが多かったかな。あとなんでズルッグ（？）は人気なのか分からない。サトシの手持ちなのか？&lt;br /&gt;
徳川美術館では琳派の画集があって欲しかったけど揃えて１３万越えだったので余裕で諦める。帰りの時間まで厳しくあまり長居できなかったのが残念。&lt;br /&gt;
１５時に新幹線で帰る人を見送り、自分を含め３人で２３時の夜行バスまで暇つぶし。なんのかんの高島屋の東京ハンズと本屋で４時間近く使い、サイゼで２時間、あとは待合室で２時間しゃべくり。んでバス乗って帰って今に至る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なんか飲んで食ってばっかりのような気がする…。でも楽しかったからいいかな。来年はひょっとすると留学して参加できないかもしれないのが残念。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
疲れてるからこの辺で、ではでは。</description> 
      <link>https://iroiro.kakuren-bo.com/%E6%97%A5%E8%A8%98/%E6%97%85%E8%A1%8C</link> 
    </item>
    <item>
      <title>知の地層略して知層‐別名本棚</title>
      <description>地震が起きた後ACで本の積み重なりを「知層」って言ってたじゃないですか。あれ、僕の方が先に考えてたんですよ！&lt;br /&gt;
っていうのは冗談だけど、テスト勉強がしんどいから現実逃避に久々に更新。話題は「知層」…というか本棚の話。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私の部屋には本棚が4つあります。&lt;br /&gt;
　一つは勉強机に備え付けられてる小さい本棚。高校のころはここに教科書と進研ゼミの教材がうずたかく積まれてたけど、今はそれらは段ボールの中で眠ってる。これらの冬眠本は時々引っぱりだして使うと、元に戻すのがめんどくさくなるのであとで説明する四つ目の本棚もとい本置き場へと連行されます。で、この小さい本棚は大体左から　図録‐美学芸術‐宗教思想‐哲学‐文庫（ジャンルはごちゃ混ぜ）‐新書　と並んでいて、さらにこの上に最近読んだ小説とハードカバーの本、そして未読の本が積み上げられている。勉強机の本棚にあるからといってよく読む本か？　と言われればそうでもなく、単純に大学入学時に持っていた、学科に関連しそうな古株な本があるだけ。上に積み重なる本たちは私の読書歴を表わしていて、大体今年に入ってから読み始めたものが多い。試しに文庫の山を見てみると、下から　ロリータ‐1984年‐沈黙の春‐変身‐この人を見よ‐寿司屋のかみさんの美味しい話‐生命とは何か……とかなりジャンルはぐちゃぐちゃ、共通するのは昔の本が多いことくらいかな。私は基本的にハードカバーの評論や哲学、美学書、新書を除けば新刊の本はほとんど読みません。とくに小説は家族が買って面白いと言われれば読む程度で、ほとんど興味がない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　二つは勉強机の左側にあるキャスター付きの4段組みの金属製本棚。これは本が溢れ出した高校2年くらいの時に親が見かねて買ってくれたものですが、金属の網目が粗くちょっと使いづらいし、キャスター付いてるのに重すぎてあまり動きません。&lt;br /&gt;
　一番上の段には辞書（英和、仏和、英英、国語、漢和）、そして比較的近代以降の日本小説（というかほぼ全部夏目漱石で、あとは一時期はまった推理小説がちらほら）。二段目には理数系の本（主に生物学と数学）、STARWARSのブリッジノベル、社会人向けの本（ほとんど父のお古）、洋書。三段目は漫画とエンタメぽいやつ。漫画と言っても日露戦争物語が中途半端に揃えてあるのと、リモート、不思議な少年、それから手塚治虫がちらほら。一番下は漫画の残りと攻略本。この本棚は買ったのが新しいから新しい本が多いですが、辞書を除けば趣味で読んでるものが多いです。高3の時点ですでに満杯だったので、大学に入ってから読み始めた本はあまり入ってないというのが現実。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　三つは勉強机に座った時背中を向ける壁にある一番本格的な木の本棚。これはこの部屋が私のものになる前からある本棚で、妹と部屋が別れる時に真っ二つにされた内の片割れです。ちょうど「田」の字のように四分割になっていて、本棚の上にも本が積まれてる。左上は近代の日本小説、右上は主に三国志・ローマ史の歴史モノ＆90色色鉛筆、左下は教科書となんか余ったやつら、右下は雑誌と図鑑やアルバムなど。上の二つはほぼ全て読書家の父が読んでいたものです。父の実家にも死ぬほど本があるので、多分、社会人になってから読んだものが多いと思う。チーズは何処へ行った？　とか　ジョージ君の～シリーズ　とか有名なものも多い。下段は私の本が多い。興味のある時だけ買ってる芸術新潮やらPenやらはほとんどここにあって、それからSTARWARSの図録集もココ。&lt;br /&gt;
　そして本棚の上に私が小学生から中学生にかけて読んだ数少ない本の中で特に印象的だったやつが並んでる。HONDAの創始者本田宗一郎、手塚治虫、野口英世、坂本龍馬……伝記ものとても多い。ロビンソークルーソーと十五少年漂流記、エルマーとりゅう、ドン・キホーテ、あたりは数え切れないほど読んだ覚えがある。どれも冒険ものだし、これがRPG好きになる前触れだったのかもしれない。それからDVDもここにあります。DVDはSFと社会派コメディが多いかな。恋愛ものやヒューマン、アニメーションはあまり買いません。ただ今はクラシックディズニーとノルシュティンが激しく欲しい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　四つは今説明した本棚の左側にある簡易な本棚（本棚というより本置き場）。もう入りきらないし、積む場所にも困る本が溜められている場所なので、ジャンルも形状もバッラバラです。図録と神話関連が多くて、最近買ってまだ見てないDVDが6個ほどあります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　そして数えられることのない封印されし本棚…もとい床に投げ出された本がいくつか。これらは出し入れの激しい教科書だったり、あるいは今書いてる論文のテーマに関係するものが散らばっているのものです。ゲームのソフトもかなり散らばっている…。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
何故いきなり本棚の話を始めたのかと言えば。まぁ勉強がしんどくなって、気晴らしに机に積み上げられた本を数えだしたからです。本棚について話して見ると、やっぱり本の層は知層だなって思う。自分が興味を持ってきたことがはっきりと分かって面白いと思う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この記事読んだ人で、ブログに書くネタがねー！　って人は自分の本棚のことでも書いて見ては？　というか私があなたの本棚に興味あるだけですが。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ではでは。</description> 
      <link>https://iroiro.kakuren-bo.com/%E6%97%A5%E8%A8%98/%E7%9F%A5%E3%81%AE%E5%9C%B0%E5%B1%A4%E7%95%A5%E3%81%97%E3%81%A6%E7%9F%A5%E5%B1%A4%E2%80%90%E5%88%A5%E5%90%8D%E6%9C%AC%E6%A3%9A</link> 
    </item>
    <item>
      <title>馬鹿とはさみとケータイと</title>
      <description>明日新しく携帯電話を買う予定。Iphoneはとてもじゃないけど買えないからお金溜まるまではウィルコムにすることにした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　失くしてからなんのかんの一か月以上もケータイなしの生活をしてきたわけだけど、案外不便はしなかった。時間も今までケータイで見てきたし、失くしてから腕時計も買わなかったけど、それでも大して不便はない。弊害は遊ぶ約束がうまく取れないのと、ケータイ失くしてからアドレス聞かれるケースが多かったことくらい。あ、あとは音楽が古いアイポッドだと全部入らないことかな。&lt;br /&gt;
　むしろ私はケータイのない生活を楽しんでいたと思う。時計を見れないから自分のペースで生活できたし、バイブに驚かされることもなかったし、約束で上手く友達と会えないのを面白がってたし、アイポッドに入れる分の曲を考えるのは楽しかったし、何より解放感があった。ケツポケットが解放されてるとかそういう物理的な意味も含むんだけど、誰かからか連絡くるかも…ってことを全く心配しないで生きてられるのは案外楽だ。もちろんその分他人には迷惑かけていたかもしれないけれど…。実際失くしてから一カ月近い間、合う友達にかなりの確率でケータイ買った？　とか　早く買いなよ！　って言われた。あとはやたらと心配された。私がケータイ失くしてもひょうひょうとしてるので私の代わりに、失くした時どうすればいいのかわざわざ調べてくれた人もいるほどだ。&lt;br /&gt;
　そんな私のデジタルデバイドな＆快適なライフは明日で終わる。もっとも新しいケータイは無駄を省きに省いたウィルコム様なのでたぶんアイフォン持ってた頃よりは解放感があるだろう。&lt;br /&gt;
　私はスマフォにしようとしてる友達全員に「やめた方がいいよ頭使わなくなるから」と言ってきた。だって誰もが使う必要もない時にケータイをいじりまわしてるから、まるで何かに強制されてるみたいに（実はケータイに触ると脳の回路に作用して依存するように仕組まれてる。嘘。）不運にもケータイを失くしてしまったけど幸運にもスマフォとはおさらばできたわけだ――やせ我慢ではないよ！　ここまで言っておいて金が溜まり次第アイフォン買う予定なのは、何故かと言えば就活に必須らしいから。世の中はスマフォを求めているらしい、また私は流れに逆らうわけだ。&lt;br /&gt;
　実際あんな小さいものに人間が振り回されてるのは変な気がすると思わない？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
＊もちろん馬鹿とはさみは使いよう。賢く使えばスマフォだって良いツール。</description> 
      <link>https://iroiro.kakuren-bo.com/%E6%97%A5%E8%A8%98/%E9%A6%AC%E9%B9%BF%E3%81%A8%E3%81%AF%E3%81%95%E3%81%BF%E3%81%A8%E3%82%B1%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%81%A8</link> 
    </item>

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