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この夏にやりたかったRPGをたくさんやろう、と思ってたんですが忙しさと経済難のせいでドラクエ6とFF9しかできなかったよ。

昨日から今日にかけての深夜にFF9を全クリしました。
うん、なかなかよかったよ。作られた存在(=被造物、人造人間)を介しての「命」のテーマは今までにもたくさんあるけど、文学にも負けず劣らずだったと思う。ゲームという時点で差別されがちだけどRPGは小説並みに人生を豊かにすると思うんだ。

で、ラスボス戦がなかなか劇的だった。物語を伝える媒体としてのRPGの可能性を感じたぜ。この時初めて感じたわけではないですけどね。
では詳しく…
敵の攻撃で味方全体にいろんな状態異常(即死を含む)をもたらすのがあるんだけど、4人いる仲間のうち3人が死の宣告(一定時間後に死ぬ)になってしまったんだ。FFやってる人なら分かると思うけど、その3人にはすでに命令済みだったので処置する方法もとれなくて残りの一人が頑張らなきゃならないっていう状態になってしまった。しかし、残りの一人に目をやるとまさかの石化状態!(戦闘不能とほとんど同じ)宣告通り3人が死んでしまい、一人は石化、この状況だと戦える人が一人もいないのでゲームオーバーになります。「終わった」っと思ったら死んだはずの3人が復活。「あ、リレイズ(死んでもHP1で復活する)かけてたんだよかった~」と喜んだのもつかの間、敵さんの全体攻撃で無残に3人は再び死亡…。「こんどこそ終わった…」と思ってPSPを床に置いたけど、何故かスムースにゲームオーバーの画面に移行しない。「ん?」と思ったら『転生の炎』の文字とともにフェニックスが召喚されて、死んだ3人が全回復で再び蘇生! 私はRPGやる時はクリアするまで攻略サイトをみない性質だからフェニックスの効果とか発動条件とか知らなかったのも相まって、かなり感動したんだ。しかも召喚ムービーがかっこよくて心を盛り上げてくれるんだな、これが。そのあとで見事勝利を収めたわけです。
(かなり詳しく説明したつもりだけど、FF知らないとチンプンカンプンかも知れません。申し訳ない)

今思い返すとこれはなかなか凄いことだぞ、と思うんですよ。
物語を伝えるの媒体としてRPG以外のものを考えると、本、映画、ドラマ、マンガ、アニメ……などがあげられると思いますが、それらの物語は本なら一字一句、映像なら全てのシーン、が全く同じように読者、視聴者へと示されます(≠伝わる)。捉え方は人それぞれだし、推理小説で後のページを先に見ちゃう人もいるんですけど、それでも与えられたものは明らかに等しいのです。
でもRPG(あるいはその他のストーリー性のあるゲーム)は違うんですよ。それは選択肢によって別ルートがあるだとかそういうこととは違います。これもゲームだからこそなせる技の一つではありますが、めんどくさいにしろ全てのプレイヤーは全てのルートを遊ぶ権利を等しく与えられているわけですから。私が言いたいのは上記のラスボス戦のようなことです。ある程度ランダム性を含む戦闘のようなシーンは物語の一部として、プレイヤーに示されますが、それは等しくはないのですよ。*1
これが物語を伝える媒体としてのRPGの一つの魅力だと思ったわけです。
私のように劇的な勝利を収めた人、苦戦した人、レベル上げをしてから挑み楽勝だった人、初見で倒した人、何回も負けた人、攻略法を見て万全の準備をして挑んだ人、攻略法は見なかった人、それぞれがそれぞれ違う物語をプレイするはずです。この差異は、本や映画における“捉え方”の差異とは全く違う性質を持っています。捉えるには対象が必要不可欠で本や映画における対象は常に不変です。しかしゲームの場合、捉える対象そのものが変化する。*2
話がややこしいのでまとめますが、結論としては、このプレイヤーによって(あるいは、依って)物語そのものが変化する、というのがRPGのいいところだ! ということです。

「いや自明だろ、何を今更…」って思う人もいるかと思います。
自分としても自明ではありました。RPGは人によって物語が違うから楽しい、っていうのはずっと前から漠然と思っていましたので。
しかしまぁ、物語が違う、異なるとはどういう意味なのか、“捉え方”とはどこが違うのか、そういう深い思考はしてこなかったので改めてって感じですかね。じゃあその違いのどこがいいのか? というと他の物語媒体との差異になるから、という答えくらいで、絶対的(相対との反対の意での)なよさはまだ考えつきません、残念ですが…。いつか答えが出ればと思います。
だからいかにもRPGは映画や本より優れているというような感じを受けたかもしれませんが、それは横並びの差異でしかないです。別に優劣をつけたいのではなく、RPG独特の表現・特徴を書いただけ。最近は映画のようなRPGっていう褒め言葉があるけどあれはおかしいよね? っていうふうに私は思います。

長い文読んでくださってありがとうございます。
下に突っ込みを予想しての補足を入れときました、役に立てば幸いです。
ではでは。



*1:厳密にいえば不確定とはいっても限られた確率の中のできごとなので、そういう意味では等しいのかもしれませんが、あまりに膨大な確率の上の現象なので等しくないといって差し支えないと考えます。
*2:変化するといっても、例えば戦闘シーンならば戦闘シーンそのものは等しく与えられているのであって、等しくないのは(変化しているのは)プレイヤーの戦闘に対する姿勢(≒捉えた方)だ。と考える方もいるかもしれません。が、私が思うには仮にそれが捉え方だとしても捉え方によって生じた結果が物語の中に具体的に表れ(物語が変化し)、そしてまたその結果を捉える、というプロセスはおそらくゲームの中にしか現れない現象ではないかと思います
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