忍者ブログ
[24]  [23]  [22]  [21]  [20]  [19]  [18]  [17]  [16]  [15]  [14
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

早いものでもうあの震災からもう半年経ちました。

 私は3.11の経験で「日本は大きく変わるだろう」「パラダイムシフトの時が来た」と思いつつも、実際にはそんなに短期間で変わらないか…と冷静になりつつ、しかしやはり何かしら変化するはずだ、と心のどこかで期待してたような気がします。ところがまぁ残念なことに半年経っての現状は私の控えめな期待にすら遥かに及ばないくらい“変わってない”っつうのが正直なところです。もちろん被災地には劇的な変化があったし、それは現在進行形なのですが、非被災地とでもいいましょうか、つまり東北の地域以外の日本にはあまり変化が見られない、と。
 もちろん3.11の直後はものが思うように買えず、大規模な節電が行われ、CMはACばっかりだったりと非被災地にも何かしらの影響はありました。しかし夏に入ったくらいから渋谷の大スクリーンは昼間から大音量でCMを流し、電車のダイヤは元に戻り始め、ニュースはあまり被災地のことを本質的な意味で報じなくなり、政治家はいつも通り派閥争いを始めました。良くも悪くも日常を取り戻しつつあるということです。本来あるべきであったあらゆる議論、そすて何より被災者を置き去りにして。
 まずは報道です。震災当時フジテレビが親を亡くした子供に密着しそれを特番にした時、ひどいバッシングがありました。私はTwitterでこのやり方を、死という現実を死者の数だけで報じるよりも遥かに私たちに迫ってくるし残酷なことを報道することも時にはメディアの役割だ、ということを呟いたと思います。これに反応してくださった方がいて「確かにそうだがタイミングを間違えてる」と意見をもらい、ああそうかもしれないな、とその時は少し落ち着いて考えたのですが、結局今の報道はどうでしょうか? 流れてくる被災地のニュースは「今日は○○(芸能人)さんが被災地に赴きこんなことをして、子供たちは大喜びでした」「被災した○○さんにはこんないいことがありました」みたいな美談ばかり、本質的な被災地の現状を伝えているのかはなはだ疑問です。私自身がそこへは行っていないから大きなことは言えないですが、実際にそこへ行った親の話だと本当に復興という言葉を軽々しく口に出来る状態ではなかったとのことでした。何も暗いニュースだけを流せというわけではないですが、日本人が知るべきは現実だと思うわけです。
 報道だけでなくこれに関しては政治屋(バカにして使う言葉)もそうですが、原子力発電関係のニュースでもやはり肝心なところから目を背けたものになってるなぁと感じます。3.11の経験はそもそも脱原発か続行かという単純な選択を迫るものでははないです。もちろんそれも含むのですがあくまで“含む”であり、問題はもっと大きなところにあり、具体的に言葉で表せば「経済至上主義は正しかったのか」ってところまで遡る問題でした。
 脱原発を口にすると必ず、経済はどうなるのか? その地の原発関連の莫大な雇用はどうするのか? っていう反論がでてきます。問題なのはそこではなく、結局日本は経済発展の名の下に地方の人々の頬を札束でひっぱたき感覚を麻痺させ核のリスクを押し付けたという事実が意味するところを考え直すべきなのに…(これとよく似た構造が米軍基地問題にあります)。端的に言えば命を金に預けるようなことが普通に行われたってことです。だから3.11を経て私たちは経済さえよくなればいいのかな? ってことを考えなきゃならんという話。実際とっつきにくい複雑な問題でなかなか議論しにくいことではあるのですが、この震災でやっと真剣に考えるチャンスがめぐって来たはずだったのです。
 しかし半年経った今もこういう根源的な問題に言及する政治家もコメンテーターもあまりいません。閣僚のくだらない失言を延々と野党が煽りたてメディアをその様子を報道するという日常があり、与党は与党で未だに派閥争いを繰り広げている日常がある。
 こういうことが私が3.11以降の日本にあまり変化がないという所以です。なんの因縁なのか9.11も今年で10年目という節を迎えるのですが、やはりアメリカも9.11を経験して本来あるべきであった議論をしないできました。押し付けまがいの民主主義の正義や、武力による(彼らの言うところの)悪の制圧…。アメリカは10年経ってビンラディンを殺しましたが、それは虚しい成果です。日本は10年後どうなっているでしょうか? というか10年後は自分らの世代が日本を率いる時なんですよね…。だから私は狭い見識ながらこんな文章を書かなきゃならんと義務感に煽られているのです。
 暗い話ばかりだったので最後に私が3.11以降の良いと思った変化を書き連ねようと思います。
・島耕作が3.11の経験で経済至上主義に改めて疑問を投げかけたこと
・日テレがいつもなら不謹慎とか言って放送できないような映画「地球が静止する日」を震災から二カ月くらいで流したこと
・日本の現代芸術家の作品を集めたZIPANG展が震災をきっかけに開かれたこと
・東京国立近代美術館で東北にちなんだ展示があったこと
・マスコミと政治家はともかく、twitterとか友達レベルでは今までなかったような議論がみんなの間に生まれたこと
 ・
 ・
 ・
まだまだありそうですがこの辺にしときます。

長い文章読んでくれた方に感謝します。
ではでは。
PR
Comment
name 
title 
color 
mail 
URL
comment 
pass    Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
コメントの修正にはpasswordが必要です。任意の英数字を入力して下さい。
この記事へのトラックバック
この記事にトラックバックする:
<< 変わろう HOME 旅行 >>
カレンダー
09 2017/10 11
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31
フリーエリア
最新コメント
[08/15 ク・ロ・ウ]
[08/15 @を]
[08/15 ク・ロ・ウ]
最新記事
最新トラックバック
プロフィール
HN:
@を
性別:
非公開
職業:
学生
趣味:
考えること
自己紹介:
読書したり、ゲームしたり、美術館行ったり、考え事にふけったりしてします。哲学、美学が専攻です。
ツイッター https://twitter.com/ilya55 フォローは気軽に
バーコード
ブログ内検索
最古記事
P R
カウンター
アクセス解析
アクセス解析
Template by Crow's nest 忍者ブログ [PR]